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日本音楽コンクール・ピアノ部門 [藝術]

昨夜のEテレで「若手ピアニスト頂上決戦」を見た。
昨年秋の日本音楽コンクール(音コン)のピアノ部門の
戦いに密着したドキュメンタリーで、再放送らしい。

私は全く知らなかったのだが、日本で戦前から続く本格的な
若手発掘のコンクールで、ピアノ部門は一次から三次までの
予選があり、さらに本選を経て優勝者が決まるという。
中村紘子などのピアニストもこのコンクールを経て
世界に羽ばたいた一人らしい。

一次予選が大変だ。出場者は202人、持ち時間はたった10分。
音楽やスポーツはこの「時間との勝負」が厳しい分野だなあ、と
つくづく思う。例えば、文学や絵画なら、ちょっと間違えても
修正が効くし、創作の場面は、衆目から隔てられた場にある。
精神的なストレスのかかり方が、格段に違う、と私には見える。

一次で47人に、二次で9人、本選に進めたのは四人だけだった。
ここで出場者の個人的な演奏環境が映像で紹介される。
岩手県で東日本大震災を経験した大学生や、香川県高松市の
海辺で育った大学院生、すでに本選を経験し、二十代後半に
差し掛かっている女性、そして初参加、最年少の高校生の少年。

多くが人生の門口に立ったばかり、そしてこれからの人生を
かけて戦っている人たちだった。本選では初めてオーケストラを
従えて、ピアノ協奏曲を演奏するため、オケとの練習時間が
設けられている。この場面がとても印象的だった。大学生と
高校生がオケとの共演が初めて、ということで緊張しながらも
実に楽しそうな、生き生きとした表情を見せていたからである。

本選の演奏場面はそれぞれ、さわり程度流されただけで、もっと
聞いていたい、と切実に思ったのだけれども。
私は耳には自信がないのだけれど、初参加の高校生が弾いた
プロコフィエフは音に深みがあって、特に音と音の間に、
夢の端々が漂う出すような豊かな空間が生まれているような感覚に
陶然とさせられた。彼が優勝では? と思ったがその通りだった。

毎年、東京オペラシティで開かれているらしい。
本選は人気があって、切符は取れないかもしれないけれど、
予選でも、足を運んで聞いてみたい、そんな気がしている。

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サンドリヨン [藝術]

NYのメトロポリタン・オペラが日本の映画館で上映される、
METライブビューイング、2017-2018の最後の演目が
このサンドリヨン、シンデレラのフランス語読み。
もともとペローの童話であるし、この歌劇は、
フランスの歌劇界で名の知られたマスネの作品である。

とはいえ、マスネって、タイスの瞑想曲だけが突出して
有名で、オペラ「タイス」は知らなくてもこの曲だけは
聞いたことがある、という日本人が多いのではないだろうか。

ともあれ、「サンドリヨン」の舞台の写真が今年度のオペラのパンフの
表紙にも使われていて、すごく幻想的な雰囲気なので期待していた。


ところが・・・。
舞台装置がものすごく簡略されていて、かなり手抜き的。
音楽の方も、特に前半の方は単調な印象だった。
素晴らしかったのは衣装で、ペローの童話が最初に印刷されたとき、
三色しか使われていなかった、という理由から、衣装の色彩も
その三色に限定されたということだった。女性たちの衣装は、
主人公のドレスを除き、全員がややくすんだ赤に統一されていた。
色彩が同一だからだろうか、そのデザインは個々に異なり、
これを見ているだけでも、十分楽しめたのだけれども。

オペラの醍醐味である重唱がとても少なく、全体に単調な感じは
否めなかったのである。ストーリーの展開も、かなり
独創的な部分があったけれど、シンデレラのストーリーに
そぐわない、と思われる部分もあったりして。

この映画館での私のオペラ鑑賞は、これで四作目だったが、
それまでの三作品が素晴らしかっただけに、ちょっと拍子抜けな
感じ。11月ごろから新年度の演目が登場してくるらしい。
それに期待したい。


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マトリョーシカ [藝術]

三谷幸喜といえば、私にとっては長く「随筆家」だった。
お芝居の方はとんと縁がなく、朝日新聞の夕刊に長期間、
連載されているエッセイを読んできていただけだからである。
毎回、なかなか面白く、脚本家でありながら、俳優的な活躍もされ
豊かな才能の持ち主らしい、とは感じてきていたのだけれど。

一か月ほど前、WOWOWで放映されていた「マトリョーシカ」という
舞台の録画を観た。相棒が見てみよう、と言い出して、ああ、
そんなのやってたんか、というくらいの軽い気持ちで。
たちまちのめり込んでしまった。この舞台はご存知の方も多いと思うが、
登場人物はたった三人。場所もある演出家の自宅の部屋、のみ。

至って安上がりらしいのだが、これが抜群に面白かったのだ。
題から、舞台はロシア? とも思っていたのだけれど、これは
内容が入れ子構造になっていることから名付けられたものである。

つまりある一連の出来事があって、落ちがくる。その後に、
似たような出来事が続いて、少し違う落ちが来る・・・。
ということが続くのである。観客は、あれれ、という間に
騙される。ではまた、同じようなことになるのか、と思うと・・・。

これが凄くスリリングでのめり込んでしまうのである。
舞台だけではなく、推理小説でも生かせそうな
わざである。いや、もうどこかでやられているんだろう。
何度も同じことがあって、でも、どれが本物の殺人事件?
とか・・・。
三谷幸喜。もっと観たい。


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校歌 [藝術]

入学するとまず教えられるのが、校歌。
校歌の作詞は、歌人に依頼されることが多い、らしい。
私の歌の仲間からも、依頼されて作った、という話を耳にしている。
それで真っ先に思い出すのは、自分の中学の校歌。

山形県の山間部にある中学で、作詞者はアララギの歌人で、
齋藤茂吉の愛弟子だった、といわれる結城哀草果。
とても抒情的な歌詞で、田舎の中学生には、ちんぷんかんぷん、
でも、前奏部分がとても印象的で、意味は分からないなりに
心惹かれていたことは確かである。そしていまでは、こんな厳かで
美しい校歌を歌ってきていたことを感謝したい気持ちになる。
校歌はこんな風に始まる。

 みずのむら~やま とりよろう くもうつくしき たたずまい

しょっぱなから、よくわからん詞である。山形県には「村山地方」
というところがあるが、自分の住んでいた町からは遠い。
見ずの村山? なんで、よりにもよって、村山が出てくるんだ、
この町をばかにしているな、と思いながら歌っていた。
後で歌詞の印刷物を目にして「水の群山」と知った。
それが、滝や川の多く山々に囲まれた
我が町を賛辞する言葉だった、と気づくのはずいぶん後のことである。

「とりよろう」もわからなかった。最初は、鳥が沢山いて、
よろよろ飛んでいるのかな・・・なんて考えていたんだった。
何しろ文語には全く疎い、12歳である。
「鳥寄らふ」は、「寄る」の未然形に接尾語「ふ」がついた
もので、主体が複数であること、そしてたぶん動作の反復、継続を
表しているのだろう。「鳥が数多く、寄っては、離れていく」
というようなイメージ・・・・。ね、素敵でしょう?

この歌の意味が分かるまでにずいぶん日を要したことになるが。
今も時々、家族に意味を説明しながら歌っている。
 

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セミラーミデ [藝術]

NYで上映中のメトロポリタン・オペラを
映画館で見られる、という企画MET Live Viewingが
昨秋から始まり、第二回目の「魔笛」を観に行ったことは
このブログでも触れた。その後、ほぼ月一回位ずつ行われる
この企画を楽しみにしていたのだけれど、なにしろ
上映されるのは月に一週間だけ、と決まっているので
中々時間を調整できず、とうとうあれ以来一度も
観られないまま、四月になってしまった。

今月はロッシーニの「セミラーミデ」である。
ちなみに見そびれてしまったほかの四回は
「トスカ」「愛の妙薬」「ラ・ボエーム」など、
オペラの傑作としてよく知られ、私も訪欧の際に
劇場で見たことさえある、いわば定番のオペラが多かった。

「セミラーミデ」は、まったく見たことがなく、そして
余り上演されないのは、かなりの難曲で演者が揃わない、
というせいでもあるらしい。そうなるとどうしても見たい。
さらに舞台は古代バビロニア。中には現代に場面を移して、
かなり脚色した舞台も多いのだが、これは古代のまま、
ということらしい。きっと舞台装置も、そして衣装も
豪華だろう(これは映像で見ることの大きな特権。現代ものだと
背広と化繊のスカートだったりして、もう、がっかり)。

それで私は今、色々と面倒なことが身辺に起きているとこ、
なんだけれど、とにかく横浜の映画館に駆け付けたのでした。
「魔笛」ほど混んではいないだろうと、やはり予約はせず、
でも少し早めに行くと、ああ、やはりいい席は埋まっていて
前から五列目に座り、開演を待っている間にほぼ満員となりました。

セミラーミデ(バビロニアの女王)を演ずるA・ミードの、
巨体から繰り出される、つややかなソプラノ、若い軍人
アルサーチェは、女性が演じていてこれまた素敵なメゾソプラノ
最も驚いた声は、インドの王を演じたノヴィエル・カマレナの
超パワフルなテノール・・・。

それぞれの衣装も素晴らしい。背後のコーラスなどもさすがメト、と思わせる
充実したもので・・・。最初から最後までうっとり。

ストーリーもまあ、ある程度お定まりとはいえ、それなりに
意外と思われる展開もあって(オペラに複雑な筋は不要、とは
思っているから、もうそれだけで◎)ワクワク感が持続できた。
満ち足りた気持ちで帰りの電車に乗ったのだけれど。

難点は開演時間が11時、一時から三十分の休憩、三時頃に終演、
という時間割である。十二時半くらいに開演してもらえたらなあ、
という気がする。横浜でゆっくり昼食を摂ってから
鑑賞に臨めるので。結局近くのファストフードで、やや
あわただしく摂ることしかできなくて・・・。
多摩の田舎からせっかく横浜に出かけるんだから、
おいしい昼食にもありつけたい、って、贅沢かもしれないけど。

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魔女のいる風景 [藝術]

『魔女図鑑 魔女になるための11のレッスン』という
絵本が、北海道の剣淵町が主催する絵本大賞を受賞したのは
もう四半世紀も前のことになった。翻訳を担当した私は、
授賞式に招かれ、以後、細々とながら、剣淵町との
お付き合いが続いてきたのだけれど。

剣淵町の「絵本の里を創ろう会」が来年、結成三十周年を
迎えるので記念誌を発行することになり、寄稿の依頼が
舞い込んできたのは、一カ月近く前のこと。

それで、久しぶりに『魔女図鑑』を取り出して、
ざっと眺めることに。刊行されてから、あまり目を通す、
と言うことなかったし。何しろ、翻訳から出版までは
それこそ何十回も、原書も自分の訳文も、みているわけで。
げんなりする頃に刊行されるからです。

この本は副題に「11のレッスン」とある通り、分野が
住生活、料理、編み物やキルトなどの手芸、薬草園などの
植物、古いことわざ、など多方面にわたっていて、
翻訳には本当に苦労させられた。編み物の頁なんか、
日本の紹介の方法と異なるので、編み物の得意な母に
目の前で編んでもらって、その方法を書きとる、
という訳し方をするしかなかった。
言葉の問題も大きかった。七~八歳の子供にもわかる内容に、
という編集部の方針だったので、あまり難しい言葉は使えない。
でも絵本なので、スペースが限られていて、あまり長く、
かみ砕いた説明などしている余地もない。
適当な訳語を考えていて、電車を乗り過ごしたことも・・・。

「魔女図鑑の翻訳苦労話」だけで、一冊の本を出せる、
という自信があるくらいである。

でも、苦労はもう十分報われたなあ、と思う。
剣淵町の人々とのつながりができたことはそのうちの一つ。
魔女繋がりで、仕事が舞い込むことも多い。
そしてなんといっても、『魔女図鑑』そのものが多くの人に
愛され続けていること。今も増刷を重ねていることである。
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ユーミン・あれこれ(最終回) [藝術]

お勤めしていた頃、一時同じ課に属していたWとK。
彼女たち二人とは、所属が変わっても連絡を取り合い、
一緒に旅行に行ったり、映画やお芝居を見に行ったり。
二人は私の家にもよく泊まりにきていた。
二人との付き合いは、私が退職してからもしばらく
続いた。Wは私より十歳年下。私が退職した年に結婚。
Kは、私より四歳年上だったが、ずっと独身を通していた。

Wが結婚、出産と忙しそうにするなか、私とKは
相変わらず会って、花火を見に行ったりしていたのだから、
かなり気が合ったのだろうと思う。その彼女と、
なんとなくうまくいかなくなっていったのは、
私が短歌や翻訳なんかにのめりこんでいって、
話がかみ合わなくなっていったことも一因だろうと
思うのだけれど。

決定的だったのは、あのユーミンのアルバムだったかも。
と今にして思うのである。それは1987年発売の「ダイアモンド・
ダストが消えぬまに」。私はこのアルバムを発売二年後くらい、
1989年「Love Wars」と一緒に購入した記憶がある。

Kと電話でお喋りしていた時、この「ダイアモンド・・」を
聴くと、Kのことを思い出すんだよ、とか言ってしまったのだ。
このアルバムのタイトル曲は、失恋を経験したらしい女性が
クリスマスに南の島でダイビングしながら、過去を
思い出している、という歌なんだった。

そう、Kは、南洋の島によく素潜りしに行く人だった。
失恋は、知らない。彼女からその手の話は一度も聞いた
ことはなかったから。でもKは顔立ちの整った、ファッション
センスも良い女性だったから、過去に何かあったには
ちがいないのだけれど。私たちはあえて触れないできたのだ。

私は軽い気持ちで、クリスマス休暇にダイビングする女性に
Kの姿を重ねて聞いていただけなのだ。それに、kは、
ユーミンなんてあまり興味ない、と日ごろ言っていたし。
まさか、そうくるとは想像だにしなかった。
しばらくすると、電話で「ダイアモンド・・」を買って
聞いてみたのよ・・。と言われて仰天したのである。
いつになく、冷ややかな声だった。

私は彼女の何か、とても柔らかい部分を踏みつけてしまった
のではないか、と一瞬胸がひやりとした。わざと
おどけた声で、「ね、Kみたいに、ファッショナブルな
感じの曲でしょう?」と応じたのだけれど・・・。

いい曲なのになあ、と思いながら、私はもうあまり
このアルバムを聞かなくなった。Kを傷つけてしまった、
そんな悔いが沸き上がってきて仕方ないので。
             (この項、終わります)
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ユーミン・あれこれ(その4) [藝術]

その頃勤めていた税務課はめちゃくちゃ、
忙しくて、特に三月になると、毎日残業、日曜日も
出勤していた。
特に、この部署に配属された最初の年は、
要領がわからないまま繁忙期に突入してしまい、
ただただ、大変で、辛かった記憶しかない。

そんな私の席の向かいに座るM君は、私より
二、三歳年下だったが、この仕事に慣れていて、
そつなくこなし、私にもいろいろ助言してくれ、
ひたすら眩しい存在だった。
目元涼しい好男子のうえ、スポーツ万能。
難点は、やや背が低いというくらいだから、当然
女性たちにモテた。でも、二十代後半にもなって
浮いた話がなかった。当時は男性でも三十歳までには
大半が結婚する、と言うような時代だったのである。

そんな彼が誰に言うともなく、呟いていたのを覚えている。
「俺、美人って、苦手なんだ。何だか冷たい感じして。
でも、ブスならいいのかって言ったら、そうでもなくて。
難しいんだよなあ・・・」

そんなM君が結婚する、といううわさが流れたのは、
私がこの部署について三年目の早春のこと。
同じ庁舎の中の異なる部署にいる女性である。
からかわれると、M君はしらっと言った。
「もう、家に入れてくれって、キャンキャン鳴く
子犬みたいなもんだよ、しょうがないよなあ・・」

三月に入り、ある日曜出勤の日、職場の人たちと
昼食を摂りに出た。車を出してくれた人がいて、
私は後部座席に、助手席にM君が座ってでかけたのだが・・。
カーラジオから、聴きなれたユーミンの歌が流れていた。
ああ、「卒業シーズンだもんなあ」と、ちょっと
感傷的になってしまう。
わたしはここで、何しているんだろう。
学生時代は、何かすれば、(不器用でのろいものの)
進歩している実感があった。でもここでは・・・。

すると、M君がユーミンの声に合わせて歌いだしたのである。

  人ごみに流されて~
  変わってゆくわたしを~

綺麗な声だった。ああ、彼もユーミンのこの歌が
好きなんだ・・・。ちょっと痛ましい感じがした。
そして不意に、もうこの仕事を辞めよう、と思ったのである。
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ユーミン・あれこれ(その3) [藝術]

「Pearl Pierce、持っているの?」
私は受話器越しに尋ねた。歌を通じて知り合った、
Jは、私より数歳年下で、結婚して半年ほど。
「Pearl Pierce」は、ユーミンが1982年に出した
十枚目のアルバム。私は買おうか、迷っていた。

「買う必要ないよ、あれ、失敗アルバムだよ」
Jは、きっぱりと言う。嘘だと思うんなら、
自分で聞いてみたら。そして驚いたことに
「これから、お宅に行ってもいい?」と言い出す。
夜も八時近い。その日、相棒は、出張で留守だった。

彼女は、本当にタクシーに乗ってやってきて、
さらにに驚かされたことに、
「今晩、泊めてもらってもいいかな」

彼女とはある大学関係の歌会で二、三度、
会っただけだったが、時々電話で連絡を取り合っていた。
学生時代から甘い恋をしていたことを、その作品から
知っていた。早く結婚したいとも言っていた。
結婚後は私の住む町から車で30分のところに越してきていた。

ユーミンの「Pearl Pierce」をかけながら、
彼女の新婚生活について聞かされることになった。
彼はある有名企業に勤務していて、夜11時前に
帰宅することはなく、帰ってきてもヘッドフォンで音楽を
聞いたりしていて、二人の間に会話はない。
日曜日は、車で十数分ほどの実家に帰りたがる。
二人で時間を過ごすことを嫌がっているみたい・・・。

「どうしょう、こんな生活、続けられない」
彼女は彼をまだ愛している。でも、彼の方は・・・。
その先を考えるのが辛そうだった。私は
「一度、きちんと話し合うべき」くらいしか、
言えなかった。恋というものの、あまりの脆さに
愕然とする気持ちだった・・・。

二人はその数か月後に離婚してしまった。
私は結局、「Pearl Piace」は購入しなかった。
そして「真珠のピアス」以外、どんな曲が
入っていたか、思い出せないのである。
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ユーミン・あれこれ(その2) [藝術]

やはり二十代半の頃。私と同年だが、浪人を経験していて、
一年遅れで入職してきた男性がいた。名前はN。

彼は、嫌味なことを絶えず言う男で、私は
内心とても傷ついていた。
同じ課なのだから、嫌でも話をせざるを得ない。
そのうち、嫌味を言われたら、
言い返すようになっていた。彼は小太りで
容貌もかなり不細工な感じだったが、
外面的な中傷だけは避けるよう、と心していたが。

そんなNが、ある時、ユーミンの音楽の話を
し始めたのである。ちょっと驚いていると、
「ミスリム、持っていないの? 今度貸してあげる」
と、本当に貸してくれたのだ。私はその中の好きな歌を
テープに録音してから、彼に返した。
「良かっただろ?」と聞かれ、うなづくと
うれしそうに、にかっと笑ったのにも驚いた。
彼の普段の言動からひどく隔たって見えたのである。

私はその後他の部署に異動し、やがて退職を決めた。
その直前、以前の職場にいた女性の結婚式によばれ、
そこでNと数年ぶりに会ったのである。Nは、妊娠中の
妻なるひとと同行していたが・・・。
私はまた何か嫌味を言われるのではないか、
と身構えた。たとえば、今着ているおしゃれな服が
全く借り物みたいで似合わないとか、そのちんちくりんの
髪型、相変わらずだね、なんとかならないの、とか・・・。

でも、彼はもう別人になっていた。礼儀正しく、
わたしを奥さんに紹介してくれ、そして
ずっと以前、職場でお世話になった人なんだ。
と言って、私に対し今まで見たことのないような、
穏やかな視線を投げかけたのである。

不意に彼に借りた「ミスリム」の中で、一番
好きだった「12月の雨」のメロディが頭の中に
響いてきた。私は何にもわかっていなかったのかも、
と一瞬思えたのである。
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