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尾長の子 [生活]

一週間ほど前、近くの公園の近くを通りかかったら、
小学校の高学年と思しき少年少女たちが十数人、
集まって何かしている様子が目に入った。

中腰になっている少年が、大きな角型のプラスチック容器を
手にして、何かをそこに入れようとしている様子だった。
周囲の子供たちがそれを助けている・・。と見ると

彼らの真ん中にいるのは、なんと尾長の幼鳥だった。
黒い野球帽をかぶっているような頭、翼の先の美しい薄青、
そして尾がまだ短く、全体に丸い形をしているなどの点で、
直ぐに判断できる。たぶんまだ飛び方に習熟していないまま
枝から落ちてしまったのだろう。

この公園には、大きな桜の木やケヤキの木があり、
沢山の野鳥がいる。烏や山鳩、ムクドリ、シジュウカラ、コガラ、
などのほか、尾長の姿もよく見ていた。

子供たちは難なく尾長の子を容器に収め、嬉々としている。
ふと気がつくと、すぐ近くのケヤキの枝の間辺りから
しきりに「ギエェー、ギェー」と鳴く尾長の声が聞こえてきた。
尾長は姿かたちは優雅だが、ひどい悪声なのである。
きっと、その尾長の子の母鳥なのだろう。何とも気の毒だ。

私は用事があったので、その様子を横目で見ながら
先を急いだのだけれど、尾長の子がその後どうなったのか、
気になった。近くの枝の上に載せてやることができたら、
一番良かったのでは、と言う気がして。

このあたりは、カラスが多いので、地上でバタバタしていたら、
必ず彼らの餌食になってしまっていただろう。
とはいえ、幼鳥が飛び立てるまで、子供たちが養ってやることは
できるんだろうか。
あの後、すぐに猛暑が訪れ、公園で小学生の姿を見ることはなくなった。
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スマホ顛末記 [生活]

十日ほど前、学生時代からの友人Nから電話があった。
私が二年半ほど前から使っているスマホについての問い合わせである。
機種とか、経費とかについて問いかけてきた後、さんざん、ため息を
ついている。彼女は長く携帯電話もPCも使わない生活をしてきて、
必要性も感じずにきていた。ところがこのところ、にわかに
状況が変わってきたらしい。それは彼女の七歳年下の妹からの
頻繁な「携帯か、スマホ、持ってよ」攻撃のせいだという。

「今時、携帯もスマホも持っていないって、信じられない。
連絡したい時にできない。はた迷惑もいいところ」
と散々攻め立てられて、困惑しているのだというのだ。

「買ったって、私、きっとほとんど使わないわ。
だいたい、操作が面倒なんでしょ。考えただけで
頭痛くなる。私の妹、すごく気難しところがあって困るわ」
と、私に向かって長々と愚痴る。聞いていて、自分の
十二年前を思い出して笑いたくなった。

私も実は、携帯を買ったのが人よりかなり遅い、十一年ほど前
だった。そしてやはり、三つ年下の妹から
「今時、携帯も持たないなんて、はた迷惑」と、
それはたった一度だけだったが、厳しくなじられたことが
きっかけだったからである。PCはずっと使っていたし、
メールやブログは頻繁に利用していたけれど、携帯の必要性は
あまり感じなかった。そもそも、あまり電話というものが
好きになれなかったからである。

でも自分で持ってみると、携帯もかなり便利、とわかる。
特にPCを扱っていると、携帯の扱いもさほど難しくはない。

さて、友人のNは、どうするのだろう、と思っていたところ、
昨日、再び電話があった。
「スマホ、買ったのよ。もう、大変だったわ。
使い方はウエブで、なんて言われても、PCやったことないんだから、
いちいち、お店に訊きに行ってるの。失敗ばかりしているけれど、
何とかなるような気もしてきたの」

をを、凄く前向きだ。かなり保守的な彼女の変化に驚く。
「妹の力」って、偉大だなあ、とちょっと感動する。
「メールのアドレスを教えるから、
私に送ってくれない? そうすれば簡単に登録できるでしょ」
私も嬉しくなる。すぐに、彼女のアドレスにメールを送ると、
簡単ながら返事も届いた。彼女の新しい一歩に、乾杯!
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洗髪を変えてみる [生活]

大病をしてしまったせいもあるかと思うけれど、十年近く前から
髪の毛が痩せてきたなあ、と実感することが多くなっていた。
その頃から、美容室で一年に四、五回、軽くパーマをかけてもらっていたが。
「毛は多い方だと思いますが、生え方ですね、問題は。
肌の方へ、ぺったりと寝てしまうような形で生えています」
という美容師さんのご意見。それでも一本一本の毛が痩せていっている、
という感覚はまぎれようもなくあり・・。まあ、年齢的に
仕方ないかな、とも思っていたけれど。

驚異的なのは一緒に暮らしている相棒の髪。
彼は白髪は増えているものの、髪質と量は三十代の頃から
ほとんど変わらない。「カツラか」って訊かれることもあるらしい。

私と彼の違いは・・・。と考えてみて思い当たることがあった。
シャンプーの頻度である。私は夏には一日最低一度はシャンプーする。
冬でも一日おきか、二日おきにはシャンプーしていた。でも彼は、
お風呂に入った時に、濡らしたタオルで拭いている程度で、
シャンプーするのは、十日に一度くらい。

以前、注意したことがある。彼曰く、
「洗いすぎると禿げる。見てみろよ、ホームレスに禿げはいないだろ?」
って、どういう論理なんだ。ただのモノグサだろ、って笑ってたんだけれど。
ふーむ、一理あったのかもしれない、と思うようになっていた。

とはいえ、シャンプーとリンスの習慣は変えられずにいた三年ほど前、
何という本だったか忘れたけれど、著者はお医者さんだった。
ある本に「髪を失いたくないのなら、シャンプーはやめなさい」
とあったのである。

その著者のおすすめは、お湯で洗う方法で、どうしてもさっぱりしない、
という人のために、「純せっけん」の使用法が書いてあった。
私はその著者のやり方をとりいれてみることに。
まず、デパートで、動物の毛で作られたヘアーブラシを購入してきた。
洗髪の前に、このブラシで丁寧に髪を梳く。
ついで、純せっけん(スーパーで一個百数十円で売っていた)を
よく泡立てて髪を洗い、そのあと、クエン酸を溶いたぬるま湯で
髪を流す。その後、もう一度お湯でさっと流す。
これを五日に一度くらい行う。(先の本には、十日に一度くらいでいい、
とあったが、これはさすがにきつい)
ほかに、一か月に一度は美容院で洗髪してもらう。
石鹸の洗髪は、髪がキシキシしたり、ゴワゴワしたりするのでは、
と怖れていたけれど、そんなことは全くない。
けっこう、ブラシの通りもいいし、さっぱり感も持続する。

この方法を取り始めて、もうすぐ三年になる。
長い間シャンプーをしてきているので、本当に効果が出るのは
数年かかるかも、と書かれていたけれど。
でも、気のせいか、抜け毛は減っている気がする。
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目のりんご [生活]

数年前まで毎朝、車で通っていた道がある。
通勤する相棒を私鉄の駅まで送っていたのである。
相棒は仕事が変わっているのでこの道は通るのは
久しぶりだった。
かつて見慣れていたアパートが
目に入った。「家主の姓+荘」という名札が見える、古い
二階建ての木造、今はかなり空き室もありそう。
あの人、まだ棲んでいるだろうか。

このアパートは信号のすぐ近くにあるので、
赤信号で待たされる時も多かった。
そんな時、アパートの住人らしい父子を目にした。

小柄の三十代後半くらいの、おそらく中東系の男性。
古びた自転車の後ろに三才くらいの子供を乗せて、
保育園に送っていくところらしい。

男性はすごくいとおしそうに子供を抱きかかえて
荷台につけた椅子に載せ、洋服を直してやり、
さらにいとおしそうに子供を撫で、キスをしている
こともある。そしてやおら、ぎっちらぎっちらと
自転車を漕ぎ始める。
何か楽しそうな歌をうたって、子供に聞かせている、
そんな様子も見えたりする。車の窓を開けているときは、
追い越しざまに、(どこの言葉かわからないが)歌声が
耳に届くこともあった。

子供を全身で愛しているんだなあ、と
なんだかジンワリしてしまう。
日本人はつい余裕がなくて、特に朝は、子供の扱いも
ぞんざいになりやすいし、
(もちろん、決して子供への愛情が薄いわけではないが)
表現できていない人が多いのに・・。と思ってしまうのだ。

ふっと、the apple of my eyeという言葉が浮かんだ。
「私の目のりんご」、愛おしくてたまらないものを
表す言葉である。日本では「目に入れても痛くない」。
でも、林檎という具体に仮託した言い方が
より素敵に感じられる。目に愛情の紅いあかりが
点っているみたいで・・・。
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おお雪! [生活]

多摩地区の南西部にある我が家近辺では、
昨日午前十時頃から雪が舞い出した。
午後四時頃、視界が悪くなるほどの降雪の
なか、家の周囲の雪かきをした。我が家の郵便受けの
上には、すでに十二、三センチの雪が積もっていて、
綺麗に払いのけておいたのだけれど。

夜十時頃、郵便受けにはさらに十五センチ位の積雪が・・・。
都心では21センチの積雪と言うことだったけれど、
だいたい、都心の1,5倍くらいは降るのである。

関西育ちの相棒は、雪はかなり好き、らしくて、
率先して雪かきしてくれて、助かるのだけれど。
雪国育ちの私の方が、動きも鈍く、憂鬱になってしまって、
呆れられる。「懐かしくないの、この景色?」
って、あおられてもなあ・・・。

たぶん、最大でも50センチくらいの積雪が、
積もっては解け、解けては積もる、くらいの
「雪国」育ち、の人の方が雪慣れしているのではないか、
と想像する。私の育った地域では積雪はほとんど毎年
のように1,5メートル近くになり、子供には危険すぎて、
冬場は、あまり外に出ることがなかったくらい。

一斉登下校が徹底していて、一番積雪の多い
一月下旬から二月の上旬にかけては二週間くらいの
「冬休み」がある(夏休みは二週間短い)。
その間、外に出られる日は数えるほど。あとはただ
家で本を読んだり、ゲームをしたりするしかなかった。

雪が降って嬉しいのは、降り始めの12月上旬位で、
あとは、ほんとにうんざり!
スキーが得意でしょ、とか言われるけれど、スキーを
するのも危険なくらい視界が悪く、積雪量も多すぎた!

でも子供の頃は、それが全国的なもの、と思い込んでいた。
我が家にテレビが入ったのは、小学校一年の時だけれど。
年末の「行く年、くる年」みたいな番組があって、
除夜の鐘の音を鳴らすお寺が映ったのだが・・。
その寺の周りに一センチも雪がないのを見て、
テレビに映すために、ずいぶんきれいに雪かきしたんだな、
と感心した記憶があるのである。
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クリスマス・シーズン [生活]

12月の声を聞くと、特にアメリカでの生活を
思い出し、たまらなく懐かしくなる。もう30年余りも
前のことになってしまったのだけれど。

12月と言えば、かの地では断然、クリスマス!
街路樹には小さな電球がたくさん取り付けられ、
夕方になると、まるで星の国を歩いているような美しさ
だった。最近は日本でも各地で行われているけれど、
あの頃はまだ珍しかったし、何よりアメリカの街路樹は
日本のものより格段に大きい。突然、大きな光の
トンネルができたようで、胸が躍ったことを思い出す。

街のドラッグストアには美しいクリスマスカードが溢れる。
アメリカでは何かにつけ、カードを送り合う習慣が根付いていて、
出産、結婚、転居、卒業、就職、などなどのカードがいつも
多種類揃っていたが、クリスマスカードは特別種類も多く、
きらびやかなもの、厳かなもの、オルゴール付き(最近は
日本でも多いが)などなど、目移りして困ったものだった。

日本に帰国してからも、アメリカで知り合った人たちと、
クリスマスカードを交換し合い、そして文通していた
人たちもいる。次第に疎遠になってしまったが、その中で、
二組の家族とはつい最近まで、連絡し合い、クリスマスカードを
送り合っていた。ミネソタ州のJさん一家とノースカロライナの
Wさん一家である。Jさんの奥さんが癌で亡くなられたのは、
八年ほど前。Jさんはその翌翌年に再婚されてしまい、
なんとなく気まずくて、カードを送りそびれたままでいる。
私は前の奥さんのバーバラが大好きだったので。

というわけで、今も文通し、カードを送り合っているのは
ノースカロライナのWさんだけになってしまった。
今年もWさん一家に送るカードを念入りに選んだ。
あと、何年続くかなあ、と思いながらも、心を込めて

 Seasn's Greetings and Best Wishes for The New Year!
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予防注射 [生活]

三年前と、四年前、続けてインフルエンザにかかってしまった。
例月の歌会を休んだほか、一年に二、三度しかない大学の同窓生
だけで行っている歌会も欠席。家族をはじめ、多くの人に
迷惑をかけてしまった。それで、以後は予防注射を受けることに。
注射は苦手だし、子供の頃、何の予防注射か覚えていないのだが、
ひどく体調を崩してしまって辛かった記憶もあり、極力避けて
きた。とはいえ、今年も家族が強硬に言うので、やむを得ず、
受けることに。

近くの内科に予約を入れたのは今月の初め。最短で20日、と言われ
昨日、受けてきた。注射自体はさほど痛くはなかったのだが。
数時間したら、ものすごく腫れてきた。打たれた左上腕部に
小型の中華まんじゅうを張り付けたみたいである。
そして、すごく痛くて、まったく力が入らない・・・。
注射されるとき「利き腕はどちら」と確認され、
その逆の腕に打たれた意味がわかった。利き腕だったら
かなり不便だったはずだから。夕方になると、くしゃみや
鼻水が出てきて、ほとんど風邪の症状が出てきてしまった。

毎晩、ほんの少しだけ「眠り薬」代わりに呑むお酒を
止めて早々に寝床に就く。朝はかなり腫れが引いていて、
風邪っぽい症状も収まっていたのだが。

実は内科で順番を待っていた時に見た週刊誌に
「予防注射なんて無意味」と言うような記事が載っていて、
なんだか、出鼻をくじかれる思いがしたのだった。
予防注射ってどれだけ効果があるのだろう。とりあえず、
注射を受けたこの二年間は、風邪は引いたものの、
さほど酷い症状にはならなかったのだが。
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中国の友人(最終回) [生活]

十月の連休の一日。私は、中国の友人Sとその家族に
会うために彼らの宿泊しているホテルに向かった。
Sと会うのは十年ぶり。Sの夫Yとは十二年ぶり、
彼らの息子(九才)と会うのは、初めて。

二人はほとんど変わっていなかった。Yは、自分が
太りやすい体質だと気にしていて、きっとアメリカでは
ブクブク太る、とおびえていたのだけれど。筋肉質の
がっしりとした体は、若い日のままで。Sも、すっきりと
した体形のまま。長く伸びた髪を一本の三つ編みにしている。
そのやや古風な髪形が、かえって新鮮に見える。
男の子は、くりくりとした目の愛らしい子だった。

一緒に夕食を摂る。お互い話したいことは山のよう。
でもなかなか円滑に進まないのは、言葉のせいである。
Sとは日本語で、Yとは英語で、男の子とは、ごく少し、
片言中国語で。彼らは互いに中国語で。
そして度々、会話を中断し、相手の言っている
ことを訳し合うのだから、かなりじれったい会話が続く。

でも、小さな子供がいて共働きしている夫婦は、大概深く
疲れていて、多くのことに興味を失っているような
人が多いのだけれど、YとSは違った。学生時代のままの、
生き生きとした目をしていて、特にYは、日本で訪れた
伊豆の下田で知ったペリーの日本来訪について、
次々に疑問を投げつけてくる。

「彼らとの間に戦争は起きなかったのか」
「日本人は、彼らを歓迎したのか」などなど。
十九世紀、中国と日本との差を分けたのは何だったか、
彼は突き止めたかったのかもしれない。
こういった場合、日本人と会話するときには感じない、
緊張を感じる。今の自分の発言が、日本人の
大勢の意見であると、みなされやすい。ということを
意識するからである。それに、友人とは国情を越えた
関係を持ち続けたい、と、どうしても思うから。
SもYも、きっとそうだ、と信じたい。

私たちは、またどこかでの再会を約束して、別れた。
遠くて近いこの国に、友人を持てたことを、あらためて
有難く、貴重なことに思えたひとときであった。
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中国の友人(その10) [生活]

中国の友人Sは、日本の大学院の修士課程を卒業後、
中国国内でも有数の大学の博士課程に合格し、
在学中に、高校時代から付き合っていたYと結婚。
まもなく、男児に恵まれている。まるで、絵にかいた
ような成功組で、幸せそうに見えた。のだが・・。

子供が生まれて四年余り経った時。
メールが来て、まもなくYと子供と一緒に、
Yの留学に付き添って、一年間アメリカで
暮らすことになったと、告げてきた。

そのメールには、結婚しばらくして、とても
厄介な家庭の問題が起き、毎日が辛くて辛くて、
生きた心地もしなかった、と言うようなことを
書いてきた。米国での生活を通して、良い方向へ
変わることを願っている、とも書いてあった。

具体的なことは何も書かれていなかったが、
家庭のこと、となると想像できることはある。
Yの母、Mはシングルマザーで、とても強い人
であるということを知っていたし、新婚から
いきなり同居する、ということに彼女自身、
懸念の様子を示していたからである。

こういうことは世界に共通のこと。どこも
同じような悩みがあるんだな、とは思うが、
中国で深刻になるのは、彼らがほとんど
一人っ子であるということも大きい。
彼らがまた一人しか生めない(最近、中国政府は
一人っ子政策を修正してきてはいるが)ため、
二組の祖父母にたった一人の孫、ということになり、
その点でも、家族間の軋轢が生まれやすくなっている。

気がかりだったものの、アメリカの生活を
楽しんできて、と返信するしかなかった。
あれから三年。そして最後に会ってから十年。
彼女はどう変わったのだろう、とちょっとドキドキの
再会の日が近づいていた・・・・。


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中国の友人(その9) [生活]

初めて会った時、中国の大学の日本語学科の
学生だったS。当初から日常生活に不自由しない位の
日本語の会話力を身に着けていたのは、凄いと思う。
それを思えば、全然大した傷じゃないのだが、
ちょっと「変かな」と思える箇所はある。
たぶん、頭で組み立てて話す場合にそうした部分が
出てしまうのだろうと思う。

私の場合も、そうだったなあ、と思い出す。
アメリカの友人に「How did you come here?」
と尋ねられた時、「By car.」というような
応え方をしたことがある。すると友人は、
理解できるけれど、普通はそうは言わない。
「I drove.」と言うのだ、と教えてくれた。
ああ、頭の中で「翻訳してたな」と反省したことだった。

Sもそうなのだな、と思えたのは、時々発する疑問形。
「これは、何の意味ですか?」
理解できるし、日本人にも今はこんな話し方をする人がいる。
だが、自然なのは「これはどういう意味ですか?」だろう。
彼女は中国語の「這(中国語では簡体字)是 什么意思?」
を頭の中で日本語に置き換えてしまっているようである。

彼女が中国に帰国して二年後、私は相棒の仕事で
上海に二か月滞在したが、その時のメールに
「史さんが上海に居る時、私は史さんを見に行きます」
と書いてきた(私って、パンダ?!)。

中国語では「会う」は日本語の「見る」と同じ文字。
「さよなら」は「再見(ツァイチェン)」で、
これは「また会いましょう」の意味からきている。
彼女は先ず中国語の「会う」を思い出し、これを
日本語に頭で翻訳して、文章を組み立てたのだろう。
中国語では「見る」は「看」なのだ。このあたり、
混同しがちで、中国の人が日本語を学ぶ時の落とし穴が
ありそうだ。逆のことが日本人にも言えるわけである。
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