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尾長の子 [生活]

一週間ほど前、近くの公園の近くを通りかかったら、
小学校の高学年と思しき少年少女たちが十数人、
集まって何かしている様子が目に入った。

中腰になっている少年が、大きな角型のプラスチック容器を
手にして、何かをそこに入れようとしている様子だった。
周囲の子供たちがそれを助けている・・。と見ると

彼らの真ん中にいるのは、なんと尾長の幼鳥だった。
黒い野球帽をかぶっているような頭、翼の先の美しい薄青、
そして尾がまだ短く、全体に丸い形をしているなどの点で、
直ぐに判断できる。たぶんまだ飛び方に習熟していないまま
枝から落ちてしまったのだろう。

この公園には、大きな桜の木やケヤキの木があり、
沢山の野鳥がいる。烏や山鳩、ムクドリ、シジュウカラ、コガラ、
などのほか、尾長の姿もよく見ていた。

子供たちは難なく尾長の子を容器に収め、嬉々としている。
ふと気がつくと、すぐ近くのケヤキの枝の間辺りから
しきりに「ギエェー、ギェー」と鳴く尾長の声が聞こえてきた。
尾長は姿かたちは優雅だが、ひどい悪声なのである。
きっと、その尾長の子の母鳥なのだろう。何とも気の毒だ。

私は用事があったので、その様子を横目で見ながら
先を急いだのだけれど、尾長の子がその後どうなったのか、
気になった。近くの枝の上に載せてやることができたら、
一番良かったのでは、と言う気がして。

このあたりは、カラスが多いので、地上でバタバタしていたら、
必ず彼らの餌食になってしまっていただろう。
とはいえ、幼鳥が飛び立てるまで、子供たちが養ってやることは
できるんだろうか。
あの後、すぐに猛暑が訪れ、公園で小学生の姿を見ることはなくなった。
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日本音楽コンクール・ピアノ部門 [藝術]

昨夜のEテレで「若手ピアニスト頂上決戦」を見た。
昨年秋の日本音楽コンクール(音コン)のピアノ部門の
戦いに密着したドキュメンタリーで、再放送らしい。

私は全く知らなかったのだが、日本で戦前から続く本格的な
若手発掘のコンクールで、ピアノ部門は一次から三次までの
予選があり、さらに本選を経て優勝者が決まるという。
中村紘子などのピアニストもこのコンクールを経て
世界に羽ばたいた一人らしい。

一次予選が大変だ。出場者は202人、持ち時間はたった10分。
音楽やスポーツはこの「時間との勝負」が厳しい分野だなあ、と
つくづく思う。例えば、文学や絵画なら、ちょっと間違えても
修正が効くし、創作の場面は、衆目から隔てられた場にある。
精神的なストレスのかかり方が、格段に違う、と私には見える。

一次で47人に、二次で9人、本選に進めたのは四人だけだった。
ここで出場者の個人的な演奏環境が映像で紹介される。
岩手県で東日本大震災を経験した大学生や、香川県高松市の
海辺で育った大学院生、すでに本選を経験し、二十代後半に
差し掛かっている女性、そして初参加、最年少の高校生の少年。

多くが人生の門口に立ったばかり、そしてこれからの人生を
かけて戦っている人たちだった。本選では初めてオーケストラを
従えて、ピアノ協奏曲を演奏するため、オケとの練習時間が
設けられている。この場面がとても印象的だった。大学生と
高校生がオケとの共演が初めて、ということで緊張しながらも
実に楽しそうな、生き生きとした表情を見せていたからである。

本選の演奏場面はそれぞれ、さわり程度流されただけで、もっと
聞いていたい、と切実に思ったのだけれども。
私は耳には自信がないのだけれど、初参加の高校生が弾いた
プロコフィエフは音に深みがあって、特に音と音の間に、
夢の端々が漂う出すような豊かな空間が生まれているような感覚に
陶然とさせられた。彼が優勝では? と思ったがその通りだった。

毎年、東京オペラシティで開かれているらしい。
本選は人気があって、切符は取れないかもしれないけれど、
予選でも、足を運んで聞いてみたい、そんな気がしている。

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ビアトリクス・ポター・さらに [読書]

ピーターラビットは、世界で最も有名なウサギ、
と言っていいほど、ポターの絵本は多くの人々に支持されたのだが。
ポターもまた、ウサギのピーターに劣らず、なかなか
興味深い人生を生きた人だ。

彼女は1866年ロンドンの、裕福な家に生まれている。
学校には通わず、家庭教師と保母(ナース)によって教育され、
両親とさえ、一日に二度、朝晩の挨拶を交わすだけ、という
現代から見ると、かなり特異な境遇に育っている。

友人もまったくなく、五歳年下の弟が一番の遊び相手、
さらにウサギやハツカネズミなど、様々なペットを飼っていた。
幼少期から絵を描くのに熱中していた。

おそらく、より細密で完全な絵にするためだろう、
動物を解剖したり、剥製を作ったりしていたという。
さらには、煮込んで骨を取り出し、骨格の標本を作ったことも
あるのだとか(『ビアトリクス・ポターの生涯』福音館書店)。
あの愛らしいピーターを描き出すために、随分なことを
していたのだなあ、と驚かされるのだけれど。

実際に動物の絵を描こうとすると、顔を描くだけなら
さほど難しくはない。だが、全身像は、かなり技術を要す。
専門に絵を描いている人は「骨格を捉え、そこから
肉付けするように描かかないとリアルな絵は描けない」と言う。

ウサギのピーターは、ポターの家庭教師だった女性の子供のために、
ポターが絵葉書に描いた絵がもとになっている。
ポターは、印刷機の購入の資金を稼ぐために、家庭教師の子供たちから
一度は送った絵葉書を返してもらい、商品用に仕立てている。
それが意外に評判が良かったことが、絵本へと
展開するきっかけになったようである。

ポターが絵本作家として活躍していた時期は意外に短い。
最初の出版が三十代後半、と遅かったことや、
動物を描くのは得意でも、人間を描くのはかなり
不得手だったことなども、その原因だったようだ。

絵本の編集と出版を請け負っていてくれたウオーン社の
男性と親密になり、親の反対を押し切って婚約するのは三十代の
終わり。だが、その男性は婚約一か月後に急死している。
生涯の伴侶と出会うのは、その数年後のことになる。
はた目には、寂しい人生だったようにも映るのだが・・・。。

ピーターが稼いでくれた印税は、ポターが力を入れていた
自然保護運動の方へ回され、ポターが愛したイギリスの湖水地方の
美しい景観を守っているという。素敵なことである。
私は、これからじっくりと、ピーターラビットのお話を読むつもり。
ピーターと一緒に育ったのよ、と言っていた友人を思い出しながら。
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二つのビアトリクス・ポター [読書]

「私、ピーター・ラビットと一緒に育ったようなもんだから」
そう言っていたのは、私より六歳も年下の友人T。
彼女の家で、全館揃った「ピーターラビットシリーズ」を
目にしていたけれど、当時は食指が動かなかった。なにせ、
このシリーズは、絵本ながら文庫本より一回り小さいくらい。
読みにくそうだな、ということと、余りにも有名だったため
ちょっと反発するような気持ちもあった。

最近、ポターの伝記的な映画を見たことがきっかけになって、
自分でも読んでみようか、と思ったのである。
ポターはピーターラビットの絵本が商業的成功を
収める前に、貧しい仕立て屋を主人公とした物語、
『グロースターの仕立て屋』を仕上げ、自費出版している。
1902年五月、500部を発行。するとまもなく、ピーターラビットが
大当たりし、同じウオーン社から『グロースター…』も
出版するように話が進むのである。

でも、ウオーン社は、ポターが自費出版した本をそのまま
発行しようとはしなかった。まずお話が長すぎること、
また挿絵にも細かく注文したらしく、ほとんどの絵が、
書き直し、差し替えされている。

自費出版された本の方も、後に再出版されているので、
今では二冊の『グロースター‥』を読み比べてみることもできる。

商業出版された本の方は、現代の高度な印刷技術を用いて、
おそらく当時刊行されたものよりも鮮明な仕上がりになっている
のかもしれない。ポターの原画により近いものになっているのでは、
ないかと思われる。絵が細密で、青色などの色味が深く、
ピンクが鮮やかで美しい。

一方、ポターの自費出版された方は、やや素朴である。
商業版に比べると、やや粗雑な印象もある。だが、素朴で
温かみが残っている、とも言えそうである。特にポターが力を
入れて描いたと想像される、七匹もの鼠が大暴れしている場面は
圧巻で、どうしてこの絵がカットされてしまったのか、と残念に
思われるほどである。実際、ポターは改作には乗り気でなかったらしい。

二冊の本でさらに大きく違うのは、物語の長さである。
自費版の方が、商業版の倍ほどもある。絵の頁数はほとんど
同じなので、全体に絵本という印象がないほどである。
子供にはとっつきにくいのではないだろうか。

私は二冊とも原書を手にとってみたが、単語もかなり難しく、
snippet(布などの切れはし )とかpipkin(小さな土瓶)などなど、
お初の単語がどっさり・・・。子供向けのはずだが、情けないことに、
辞書を引きっぱなしである・・・。子供は知らない単語が少し
入っているくらいの方が、持続的な興味を示すものだけれど・・・。

私が子供に買い与えるとしたら、やはり商業版、となるのかも。
でも二つのポター、読み比べられるとは、実に素敵なことに思える。
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追悼・古賀康子さん [短歌]

短歌結社「塔」の創刊時からの会員・古賀康子さんが亡くなられた。
享年九十八。私の父より四歳も年上だったんだなあ、と改めて思う。
古賀さんは長いこと、塔の「縁の下の力持ち」みたいな存在でもあった。
一九八八年の年頭、栗木京子さん、祐徳美恵子さんらと私とで
「塔」の記念号のための対談をしたことがあったが、その場所として
古賀さんがご自宅を提供してくださったことがあった。

そのとき、ご自分ではあまり飲酒はされないというのに、
各種のお酒を用意されていた。「塔」の人たちが、何かというと
古賀さん宅を「会議室」代わりに使うらしく、そのために
普段から準備している、と言うようなことを、サラリ、と
仰ったことが印象的だった。大阪の中心部にある大きな一戸建て、
そしておひとりでお住まいである。なんやかんやで、みんな
甘えやすかったんだろう。私たちには、ケーキを用意してくださって、
みんなで感激しながら頬張ったことを昨日のことのように思い出す。

また、私には忸怩たる思いが一つ残っている。2000年に刊行された
彼女の第五歌集、『木造わが家』。これが結果的に最後の
歌集になってしまったのだが、当時私は何かと忙しい時期で、
古賀さんにお礼状を書くのを失念してしまったのである。

2001年の夏から秋にかけては、相棒の仕事の関係で中国で
暮らすことになり、夏の大会は欠席している。その翌年は、
広島大会で、この時は参加。古賀さんとは遠くから目で
挨拶を交わした記憶もある。帰京後、電話をくださった。

「広島では個人的にお話ししたかったのだけれど、機会がなくて・・。
貴女が栗木さんたちと昼食を食べておられたのも、遠くから
見ていたのだけれど、その後、すっと、席を立って、どこかへ
行かれてしまったから・・・。実は気になっていたのは、
二年前に出した私の歌集、あなたに届いていたかしら・・・。」

ああ、何てことをしてしまったのだろう!
私は後悔に胸がふさがれるようになり、ただただ、
電話に向かって頭を下げていた気がする。
私が自著をお送りすると、いつもお手紙を下さっていた、古賀さん。
私の方も、それまでは確かにお礼状を書いていたのに、この時ばかりは
自分のことにかまけて、失礼をしてしまったのだ!

最後にお会いしたのは、数年前の大阪での大会。車いすに
腰かけておられたので、あいさつに出向くと、すぐに
「あなたから頂いたご本にお礼を書いていなかったわ。
気になっているのだけれど・・・」と言われてしまった。

なんだか、泣きそうになってしまった。もう、あの
大輪の花のような笑顔にお目にかかれない。
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シャーロック・ホームズ・さらに [読書]

楽しみながら読んできたちくま文庫版のホームズ全集、
とうとう第十巻にたどり着いてしまった私。
十巻目もまた、後半部、全体の三割くらいが「資料編」
になってしまっている。日本で出版されたホームズに関する
「書誌」が大半を占めていて、そのことにも圧倒される。
世界中にホームズファンは大量に存在するが、日本にもまた、
と改めて気づかされることになったのだ。

ホームズ作品を短歌に詠み込んだ歌人もいて、
  
  寒き椅子離るる深き外套に「緋の研究」つつみもてるも
                    葛原妙子『薔薇窓』

この歌を初めて読んだ時、ホームズの作品とは思わなかった。
私はなぜかホーソンの『緋文字』のように思えてならなかった。
深い外套に隠されたのはアメリカの「『倫理』の仮面をつけた
『魔女狩り』的小説」、と思い込んでいた時期がある。

ホームズの作品としては『緋色の研究』として覚えていたし、
はっきりとした書名ならカギかっこでくくるべきでは、と
思っていたからである。でも、塚本邦雄の『百珠百華ー葛原
妙子の宇宙』を読んで、これがホームズ作品と知って驚いた。
葛原が、そして塚本もまたホームズにも傾倒していたのだ、と想像したら、
何とも楽しくなったのだった。その一方で、外套に包まれた
小説が「緋の文字」だったら、どうだっただろう、
これもまた面白かったかも、とも思えたのだった。


冒頭近くで相棒はホームズの大ファン、でも私は結構好き、
とやや差をつけて書いた。私は実はホームズの、明快すぎる
ところがちょっと、という面があるのである。推理小説なんだから、
論理的種明かしは必須で、それがなければ読者は怒るだろう。

でも、私は、明快すぎると面白みも半減する、という気がする。
勝手な読者心理かもしれないが。そんなこんなで、私が一番
好きなホームズ作品は、さほど熱心に読んだわけでもなかった
子供の頃も、もう全作読破を目前としている今も、
『バスカヴィル家の犬』なのである。あのホラー的雰囲気が
ホームズ世界を真っ向から裏切っている感じがたまらなく好きなのだ。


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シャーロック・ホームズ・続 [読書]

図書館で急にホームズの「まだらの紐」の細部を
覚えていないことに気がついた私は、文庫本の棚から
筑摩書房版のシャーロック・ホームズ全集を手にとった。
一冊一冊がずいぶん分厚い。全部で10巻もあるというのに。

ちょっといぶかしく思いながら、内部に目を通して、
仰天した。この文庫版の全集では、コナン・ドイルが手掛けた
ホームズ・シリーズは紙面の上部に掲載されているのみ。
紙面の半分は、「注」が占めているのである。

本文の流れと同時進行的に読めるように配慮したものだろう、
ところどころは空白、中にはほとんど空白、と言う作品
(たとえば『恐怖の谷』、これはほとんど「注」がない)も
あれば、「注」が長すぎるため、本文の頁を大きく後退させて
一面全部を「注」が占めている頁さえある。

これ等の「注」とは、ドイルがホームズシリーズを発表してから
現在に至るまで、引きも切らないホームズ・ファンたちが、
作品の内容について、細かく精査し、ときにドイルの
矛盾を突き、時に作品に登場する人物のモデルを詮索し合い、
作品の実際の舞台を探り当てたりした、その大量の
「成果」そのものだった。う~ん、凄い…。

私はちくま文庫版のホームズ全十巻を読むことにし、
まず第二巻を借りた。というのは、第一巻の冒頭から
七、八割は作品そのものと「注」とのコラボ、ではなく、
全体の解説のようなもので占められていたからである。

家に帰って、相棒に凄いホームズシリーズを見つけたよ、
とやや興奮して告げると、相棒も「わっ、これ、凄い!」
と乗ってきた。「どうして第一巻から、借りないの?」
と、なじるように言う。

文庫本の耳についている、全十巻の作品一覧を見ながら
「第一巻にも、少しだけれど、作品が載っているよ」
と言い出し、すぐに自分で借りてきた。
「この解説っぽいところは、十巻まで全部読んでから、
もう一度借りてよめばいい」と言って。
そうしてしばらく、我が家ではホームズの話題が
飛び交うようになったのである。(続きます)
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シャーロック・ホームズ [読書]

我が家ではこの一カ月半ほど、ホームズの話題で持ち切りである。
もともと、かなりのホームズファンだった相棒と、結構好きだった私。
その家族にホームズブーム(?)が再来したのは、実は
私が所属している短歌結社「塔」の今年の二月号がきっかけだった。

主宰の吉川宏志さんが毎月担当されている青蝉通信、
二月号は、十三世紀に書かれた『無名抄』の中のエッセイに
登場している「ますほのすすき」を取り上げられている。

吉川さんはこの言葉の意味を検討しながら、
どうも、多様な意味が込められているらしいこと、
それは中世時、まだ植物の分類学のようなものが生み出されておらず、
一つの言葉に多様な意味を込めることで、言葉の利便性を図っていたのではないか、
と展開されている。このあたり、吉川さんらしい慧眼が光っていて、
読み応えのある小文になっていた。
(青蝉通信は毎月読み応えがあって、二月号が特別と言う訳ではないが)

ところで、この文章では末尾近くで、「言葉の意味がわからないということは、
大きな魅力になる」とも指摘されていて、その例として
シャーロック・ホームズの『まだらの紐』を挙げておられる。

それから一カ月半ほどしたころ、私は図書館で本を選んでいて、
この文章をふっと思い出したのだ。
『まだらの紐』なら、子供の頃、一度読んでいる、
でも、意味が分からない言葉だっただろうか・・・。
もうかなり忘れていることに気がついたのだ(続きます)
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二つの青春映画 [映画]

最近、WOWOWで放映されていた映画二つ。
いずれも日本映画で『四月は君の嘘』(2016)と『君の膵臓をたべたい』(2017)。
前者の原作は新川直司の漫画、後者は住野よるの小説。
見ていてなんとも展開が似ていることにあきれた。まず主人公の少女が
不治の病を抱えていて、自身の近い死を知っていること。
そのことを盾に、と言ったら語弊があるが、まあ、生きているうちに
やりたいことをしたい、と決意し、自分のことを意識していないらしい
少年の人生を操り始めること。

よく似た二作だが、『四月は‥』の方がはるかに出来がいい。
主人公の少女は奔放な演奏をするヴァイオリニスト。
少年は幼少時天才ピアニスト、と期待されながら、
厳しすぎる母の指導の下に心を病んでしまい
演奏活動から離れてしまっている。
その少年が自信を取り戻していく過程に見ごたえもあり、
聴きごたえもある。
少女役の広瀬すずが、とにかく素晴らしい。ヴァイオリンの
指使いも本格的で、その立ち姿の美しさにも酔ってしまう。
少年役の山崎賢人は、ちょっと硬い感じもするけれど、少女に
振り回されながら、次第に心を惹かれていく様子が愛らしい。
う~ん、十代半ばの頃の、異性に惹かれていくときの感じ、
私も思い出していましたゾ。

『君の膵臓…』の方は、主人公の浜辺美波が、なんとなく、
役に会っていない感じがして仕方なかった。十代にして
膵臓を病み、死を身近に感じながら、それを盾に
好きな男の子を翻弄する、というのは、よほど胸中に
激しいものを抱えていなければいけないのではないか、
ちょっと普通すぎやしないか、と思いながら見ていた。
少年の十二年後を演じる小栗旬は、さすがにうまい。

『君の膵臓…』は、二つの映画を同時に見ているような、
ちょっと、一体感にかけている感じさえしてしまった。

それにしても、少年の方が、少女に翻弄されまくり、って
どうなんだろう。この方が楽ちんで、少年側もそれを望んでいる、
ってことなのかなあ。まあ、とにかく『四月は‥』は断然
お勧めです。セリフもところどころに、はっとするような
すてきな言葉が散りばめてあって・・。

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本の虫(その7) [読書]

翻訳出版を夢見ていたナンシードル―ミステリーシリーズ、
それがうまくいかないことが分かって、茫然とした私だったが
でも、すぐに立ち直れた。私はこのシリーズ以外にも
アメリカで読んでみて気に入った本は沢山あったから。

翻訳出版できるかどうかわからなくても、自分なりに
訳してみていた。本を読むことはもちろん大好きだったが、
それと同じくらいに文章を書くことも本当に好きだったから
こうしたことは全く苦にはならなかったし。
結局私がアメリカから持ち帰った数十冊の本は、
日本で翻訳出版されることはなかったのだけれど。

熱意を買ってくれた出版社の人が、やがて
仕事を回してくれることになり・・・。
幸運だったともいえるし、ただ好きで取り組んでさえいれば、
いつかその方向で、自分の夢がかなうこともある・・。
そんな一つの例、といっていいかもしれない。

海外の絵本は、絵が斬新だったり、色彩が独特だったり、
仕掛けが奇抜だったりと、楽しく独創的なものが多いので、
今も時々は書店を覗き、気に入った本があると購入してくる。
手元に置いて眺めているだけでも楽しい。

また、子供の本にはたくさんのお菓子が登場するが、
欧米圏では一般的でも、日本ではあまり知られていないものも多い。
みんなが知っていたら、訳しやすいのになあ、と考えるうちに
「じゃあ、お菓子を紹介する本を自分で書いちゃおう」
と思い立ち、それが『古きよきアメリカンスイーツ』という
本が誕生するきっかけになった。
さらに私は短歌を読み、また自分でも詠んでいるので、
お菓子の詠み込まれた短歌が気になるようになり、
『お菓子のうた』『郷土菓子のうた』を書くことにもつながった。

私の中に住む本の虫は、時々脱皮したり、変態したりするようだ。
付き合っていてなかなか手がかかるが、面白い虫なのである。
   (この項、とりあえず終了です)
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