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ユーミン・あれこれ(最終回) [藝術]

お勤めしていた頃、一時同じ課に属していたWとK。
彼女たち二人とは、所属が変わっても連絡を取り合い、
一緒に旅行に行ったり、映画やお芝居を見に行ったり。
二人は私の家にもよく泊まりにきていた。
二人との付き合いは、私が退職してからもしばらく
続いた。Wは私より十歳年下。私が退職した年に結婚。
Kは、私より四歳年上だったが、ずっと独身を通していた。

Wが結婚、出産と忙しそうにするなか、私とKは
相変わらず会って、花火を見に行ったりしていたのだから、
かなり気が合ったのだろうと思う。その彼女と、
なんとなくうまくいかなくなっていったのは、
私が短歌や翻訳なんかにのめりこんでいって、
話がかみ合わなくなっていったことも一因だろうと
思うのだけれど。

決定的だったのは、あのユーミンのアルバムだったかも。
と今にして思うのである。それは1987年発売の「ダイアモンド・
ダストが消えぬまに」。私はこのアルバムを発売二年後くらい、
1989年「Love Wars」と一緒に購入した記憶がある。

Kと電話でお喋りしていた時、この「ダイアモンド・・」を
聴くと、Kのことを思い出すんだよ、とか言ってしまったのだ。
このアルバムのタイトル曲は、失恋を経験したらしい女性が
クリスマスに南の島でダイビングしながら、過去を
思い出している、という歌なんだった。

そう、Kは、南洋の島によく素潜りしに行く人だった。
失恋は、知らない。彼女からその手の話は一度も聞いた
ことはなかったから。でもKは顔立ちの整った、ファッション
センスも良い女性だったから、過去に何かあったには
ちがいないのだけれど。私たちはあえて触れないできたのだ。

私は軽い気持ちで、クリスマス休暇にダイビングする女性に
Kの姿を重ねて聞いていただけなのだ。それに、kは、
ユーミンなんてあまり興味ない、と日ごろ言っていたし。
まさか、そうくるとは想像だにしなかった。
しばらくすると、電話で「ダイアモンド・・」を買って
聞いてみたのよ・・。と言われて仰天したのである。
いつになく、冷ややかな声だった。

私は彼女の何か、とても柔らかい部分を踏みつけてしまった
のではないか、と一瞬胸がひやりとした。わざと
おどけた声で、「ね、Kみたいに、ファッショナブルな
感じの曲でしょう?」と応じたのだけれど・・・。

いい曲なのになあ、と思いながら、私はもうあまり
このアルバムを聞かなくなった。Kを傷つけてしまった、
そんな悔いが沸き上がってきて仕方ないので。
             (この項、終わります)
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ユーミン・あれこれ(その4) [藝術]

その頃勤めていた税務課はめちゃくちゃ、
忙しくて、特に三月になると、毎日残業、日曜日も
出勤していた。
特に、この部署に配属された最初の年は、
要領がわからないまま繁忙期に突入してしまい、
ただただ、大変で、辛かった記憶しかない。

そんな私の席の向かいに座るM君は、私より
二、三歳年下だったが、この仕事に慣れていて、
そつなくこなし、私にもいろいろ助言してくれ、
ひたすら眩しい存在だった。
目元涼しい好男子のうえ、スポーツ万能。
難点は、やや背が低いというくらいだから、当然
女性たちにモテた。でも、二十代後半にもなって
浮いた話がなかった。当時は男性でも三十歳までには
大半が結婚する、と言うような時代だったのである。

そんな彼が誰に言うともなく、呟いていたのを覚えている。
「俺、美人って、苦手なんだ。何だか冷たい感じして。
でも、ブスならいいのかって言ったら、そうでもなくて。
難しいんだよなあ・・・」

そんなM君が結婚する、といううわさが流れたのは、
私がこの部署について三年目の早春のこと。
同じ庁舎の中の異なる部署にいる女性である。
からかわれると、M君はしらっと言った。
「もう、家に入れてくれって、キャンキャン鳴く
子犬みたいなもんだよ、しょうがないよなあ・・」

三月に入り、ある日曜出勤の日、職場の人たちと
昼食を摂りに出た。車を出してくれた人がいて、
私は後部座席に、助手席にM君が座ってでかけたのだが・・。
カーラジオから、聴きなれたユーミンの歌が流れていた。
ああ、「卒業シーズンだもんなあ」と、ちょっと
感傷的になってしまう。
わたしはここで、何しているんだろう。
学生時代は、何かすれば、(不器用でのろいものの)
進歩している実感があった。でもここでは・・・。

すると、M君がユーミンの声に合わせて歌いだしたのである。

  人ごみに流されて~
  変わってゆくわたしを~

綺麗な声だった。ああ、彼もユーミンのこの歌が
好きなんだ・・・。ちょっと痛ましい感じがした。
そして不意に、もうこの仕事を辞めよう、と思ったのである。
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ユーミン・あれこれ(その3) [藝術]

「Pearl Pierce、持っているの?」
私は受話器越しに尋ねた。歌を通じて知り合った、
Jは、私より数歳年下で、結婚して半年ほど。
「Pearl Pierce」は、ユーミンが1982年に出した
十枚目のアルバム。私は買おうか、迷っていた。

「買う必要ないよ、あれ、失敗アルバムだよ」
Jは、きっぱりと言う。嘘だと思うんなら、
自分で聞いてみたら。そして驚いたことに
「これから、お宅に行ってもいい?」と言い出す。
夜も八時近い。その日、相棒は、出張で留守だった。

彼女は、本当にタクシーに乗ってやってきて、
さらにに驚かされたことに、
「今晩、泊めてもらってもいいかな」

彼女とはある大学関係の歌会で二、三度、
会っただけだったが、時々電話で連絡を取り合っていた。
学生時代から甘い恋をしていたことを、その作品から
知っていた。早く結婚したいとも言っていた。
結婚後は私の住む町から車で30分のところに越してきていた。

ユーミンの「Pearl Pierce」をかけながら、
彼女の新婚生活について聞かされることになった。
彼はある有名企業に勤務していて、夜11時前に
帰宅することはなく、帰ってきてもヘッドフォンで音楽を
聞いたりしていて、二人の間に会話はない。
日曜日は、車で十数分ほどの実家に帰りたがる。
二人で時間を過ごすことを嫌がっているみたい・・・。

「どうしょう、こんな生活、続けられない」
彼女は彼をまだ愛している。でも、彼の方は・・・。
その先を考えるのが辛そうだった。私は
「一度、きちんと話し合うべき」くらいしか、
言えなかった。恋というものの、あまりの脆さに
愕然とする気持ちだった・・・。

二人はその数か月後に離婚してしまった。
私は結局、「Pearl Piace」は購入しなかった。
そして「真珠のピアス」以外、どんな曲が
入っていたか、思い出せないのである。
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ユーミン・あれこれ(その2) [藝術]

やはり二十代半の頃。私と同年だが、浪人を経験していて、
一年遅れで入職してきた男性がいた。名前はN。

彼は、嫌味なことを絶えず言う男で、私は
内心とても傷ついていた。
同じ課なのだから、嫌でも話をせざるを得ない。
そのうち、嫌味を言われたら、
言い返すようになっていた。彼は小太りで
容貌もかなり不細工な感じだったが、
外面的な中傷だけは避けるよう、と心していたが。

そんなNが、ある時、ユーミンの音楽の話を
し始めたのである。ちょっと驚いていると、
「ミスリム、持っていないの? 今度貸してあげる」
と、本当に貸してくれたのだ。私はその中の好きな歌を
テープに録音してから、彼に返した。
「良かっただろ?」と聞かれ、うなづくと
うれしそうに、にかっと笑ったのにも驚いた。
彼の普段の言動からひどく隔たって見えたのである。

私はその後他の部署に異動し、やがて退職を決めた。
その直前、以前の職場にいた女性の結婚式によばれ、
そこでNと数年ぶりに会ったのである。Nは、妊娠中の
妻なるひとと同行していたが・・・。
私はまた何か嫌味を言われるのではないか、
と身構えた。たとえば、今着ているおしゃれな服が
全く借り物みたいで似合わないとか、そのちんちくりんの
髪型、相変わらずだね、なんとかならないの、とか・・・。

でも、彼はもう別人になっていた。礼儀正しく、
わたしを奥さんに紹介してくれ、そして
ずっと以前、職場でお世話になった人なんだ。
と言って、私に対し今まで見たことのないような、
穏やかな視線を投げかけたのである。

不意に彼に借りた「ミスリム」の中で、一番
好きだった「12月の雨」のメロディが頭の中に
響いてきた。私は何にもわかっていなかったのかも、
と一瞬思えたのである。
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ユーミン・あれこれ [藝術]

お勤めしていた二十代半の頃のこと。
職場の同じフロア、異なる課にいたM。
洗面所で立ち話したりするうちに親しくなり、
ある時「え、今日、旦那さん出張でいないの?」
と問い返され、うなづくと
「じゃあ、泊まりに行ってもいい?」
酷く戸惑って、言葉を返せないでいるうちに、
泊まりに来られることになってしまった。
Mは一つ下。当時独身だった。

その夜は二人で夕食を作って食べ、
レコードを聴いて過ごしたのだが・・・。
彼女は荒井由実がいたく気に入り、
「このレコード貸して」
とユーミンのファーストアルバム、
「ひこうき雲」を、持ち帰ってしまった。

それからしばらくして、私もまた
ユーミンが聞きたくなっていたが、
なかなか返してくれない。しびれを切らして
「ねえ、もう十分聞いたでしょ、返してくれる?」
と催促すると、ものすごくびっくりした顔をされた。
「えええ~!? もう返したつもりでいた!」

それからしばらくして、職場で、こっそり
呼び出されたのである。
「ごめん、いくら探しても見当たらないの。
たぶん、友達が来た時に貸しちゃったんだと思う」
そして、手元の包みを渡された。
「探して、同じレコード買ってきたの。ごめんね」

大好きなレコードだったから、戸惑ったけれど、
結局受け取った。ユーミン自身がデザインしたという、
ジャケットも大好きだったし・・・。
そのレコードは、CDプレーヤーを購入した時に、
処分してしまったのだけれど。

「ひこうき雲」を聞くたびに、ちょっと
だらしなくて、でも妙に人懐こかった
Mを思い出すのである。
(ユーミンについての思い出、少し続けます)
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バレエの魅力・眠りの森の美女 [藝術]

「眠れる森の美女」と呼ばれることもある、チャイコフスキー作曲の
バレエの傑作と言われている作品。
私は子供の頃から、バレエは大好きで舞台を観ることはできなかったが、
『バレエ物語』などを読みながら、あれこれ想像を膨らましていた。

「眠れる・・」はもちろんどんなバレエの本にも載っていたが、
実は好きなストーリーではなかった。
良く知られているように、これは童話「いばら姫」がもとになっている。
お姫様が魔法をかけて眠らされる、というあたりはミステリアスで好みだったが、
その後、どこからか現れた王子様にキスされて目覚め、
そして結婚するなんて・・・。なんだか変だ、と子供心に
思っていたのである。

このバレエを実際に観たのはもう二十余年前、
ロイヤルバレエ団の日本公演だったけれど、
これがなかなか素敵だった。
「眠れる・・・」のバレエ演目としてのストーリーが
「いばら姫」に沿って展開するのは全体の三分の二までに過ぎなかったから。
最終幕は、王子さまとの結婚祝いの踊り、と称して、
何でもアリ、のどんちゃん騒ぎ風になるからである。

例えば、赤ずきんと狼の踊り、青い鳥の踊りなど、
ヨーロッパに伝わる民話の主人公たちが
次々に登場する。私が大好きなのは、
長靴を履いた猫の踊りで、音楽も素晴らしい。
妖艶でかつ怠惰な猫の動きがそのまま
音になったような楽しさなのだった。

WOWWOWのマリインスキー劇場版の「眠りの・・・」
を相棒と一緒に見ていると、彼はすごく不思議そうに
「どうしてここに、赤ずきんが出てくるの?
長靴を履いた猫って、どういう関係?」
とか、次々に質問してくる。

このバレエは、もうお楽しみのおまけがいっぱいついてる
やつなんだよ、楽しめばいいんだ。
「眠りの森の美女」も第三幕じゃ、ただのダシなんだから。

バレエの魅力・コッペリア  [藝術]

よく上演され、有名になっているバレエの
演目の原作は、もともとが西洋の伝承や昔話である
という例が多い。「コッペリア」の原作もホフマンの小説
『砂男』であるとされているが、この小説自体が
ドイツに伝わる「ザンドマン」と呼ばれる民間伝承をもとに
創作されたものである。

夜更かしする子供に「砂男(ザンドマン)」が現れて
目に砂を放り込まれるよ」と脅して寝かしつけた、という言い伝えである。
ホフマンの「砂男」は、大人になっても砂男の幻影におびえ続ける青年の
心理から展開された破滅的な怪奇小説だったけれど、
バレエの「コッペリア」は、この小説の後半部分をうまく利用していて
幻想性も活かしながらも、生命賛歌を盛り込んでいて魅力的である。

ところで、コッペリアという名前の語源だが、もともとは
イタリア語のcoppoという言葉からきているらしい。
「眼窩」という意味の雅語だそうである。
日本ではアメリカの映画監督の名として有名だけれど、
「コッポラ」はここから派生したイタリア系の姓である。

砂男は砂を子供の眼に撒きつける、そして奇怪な商人コッポラが
売りつけようとした眼鏡、携帯望遠鏡・・・。望遠鏡で見えてしまった
隣家の窓にたたずむ、美しい女性。彼女に恋してしまう青年は
やがて、彼女の眼窩が空っぽであることに驚愕する・・・。

という風に、お話は「眼」の縁語を繋ぎ合わせるように続いていく。
バレエコッペリアの最大の見どころは、人形だった女性が
人間へと変わる、そのまなこの生き生きとした動き、
にあるのかも。と、想像しながら鑑賞するのも面白いのでは。

バレエの魅力 [藝術]

WOWOW から録画しておいた
ロシア・マリインスキーバレエ「眠りの森の美女」を観る。
録画しておこう、と最初に言い出したのは相棒の方。
「バレエだよ、観るの?」と確認してしまった私。

彼に、バレエの楽しさを開眼させたのは、
七年前、ポルトガルで観た「コッペリア」である。
公演の帰り、暗い中をひとりで帰るのが怖いから、
相棒をむりやり引っ張っていったのだった。

ポルトガルのバレエ団による公演だったから、
(バレエの本場はなんといってもロシアである)
さほどのものではないだろうと思っていたのだけれど、
演出は冴えていた。
特に、博士の愛していた自動人形のコッペリアが、不意に
生身の少女に変身してしまう場面は、
象徴性に富んでいて、バレエらしい夢幻の世界の
瞬間的現実化、と呼べそうな魅惑的な展開であった・・・。

あの後、コッペリアのDVDなどをできる限り入手したのだけれど、
どれも今一つであった。舞踏として技術的に素晴らしい、
とは思えても、あの夢幻的な世界の再現にはなっていなかったからである。
(この項、続けます)

第九 [藝術]

年末、NHKホールで行われたN響による第九を
聴くことができた。
チケットがあるので、と私を誘ってくれた方がいたのだ!
(ふだんから尊敬していた方からのお誘い!
 私は前夜よく眠れなかったくらいだ)。

前もって、我が家にある第九のCDを聴いてみることにした。
カラヤン指揮のベルリンフィル、録音は1976年9月ー12月、1977年1月ー2月
となっている。複数の録音から、良好なものを組み合わせた、ということか。

改めて聞いてみるとなんだか、すごくのっぺりとした音に聞こえる。
こんな風だったかなと、少々落胆する。まあ、ステレオも古いし、
私は正直なところ、耳に自信がない。
音楽に薀蓄は必要ない。楽しめばいいんだ、と開き直る。

そして待ちに待った当日。
生の演奏はやはり感激だった。
CDの音に比べると、立体的でメリハリのある音。
そして全体にふんわりと艶のある柔らかさという印象があった。

合唱の迫力も素晴らしかった。何しろ人数が半端じゃない。
合唱が始まる、その一瞬前に、全員がすっと
立ち上がったとき、鳥肌が立つような感動に襲われたほど。

あれこれと忙しかった年末の一日。
素晴らしいクリスマスプレゼントを下さったKさんに感謝!



カノン [藝術]

昨日、あるニュース番組を見ていたら
日本の地方局限定で流されているCMが
世界で話題になっている、というトピックが放映されていた。

その一つが、岩手放送で流されたというCM。

場面は結婚式の披露宴会場。
朴訥とした中年男が、グランドピアノの前に腰かける。
なにか引き始めようとして、早速とちる。

花婿らしい男が「お父さん、ピアノ弾けたの?」
花嫁は首を振り、父の方を見ながら、激しく困惑した表情。
「もう、やめてよ」

ピアノの音が曲の形を成してきて、ああ、
パッへルベルのカノンだ、とわかってくる。
花嫁が、はっとした表情に代わり、
画面は、セピア色に。母親らしい若い女性と、
小さな女の子がピアノに向かっているシーンに変わるのだ。

父親は必死に弾き続け、花嫁はやがて号泣し・・・。
披露宴の席に、花嫁の母の姿はなく、代わりに写真が飾られている。

というものだった。
このCM、今、中国で大人気なのだそうである。

CMのプロデューサーは
「ピアノの出来が、いかにもそれらしく響くように
手加減するのが難しかった・・・」
と言っていた。そうだろうなあ、
あまり上手過ぎては嘘っぽい。
かといって、あまりにたどたどし過ぎても、しらける。

それにこのカノンは、簡単なようで、
結構、難しい曲なのではないだろうか。

私はロンドン交響楽団演奏のCDを持っていたので、
夜、改めて聞いてみた。
少しずつ、天上への階段を上り詰めていくような、
なにか、心が澄み切っていくような感覚へ
導いてくれる、この演奏が大好きである。

ただ、技巧だけだと、こうは響かない、
という気がする。
CMのなかで、花嫁を泣かせたのは、
遠い日の母親との想い出であり、
男手ひとつで自分を育ててくれた
父親への感謝の思いだったのだろう。

ところで、このCMのスポンサーは、
成人向け音楽学校だった・・・・。