So-net無料ブログ作成
検索選択

淡雪羹 [食文化]

五年前に上梓した「お菓子のうた」の続編、
近いうちに出せる運びとなり、今追い込み作業に
入っている。書く方もなかなかの作業だけれど、
私にとって気持ちの負担がより大きいのは、
写真である。腕前はまあ、自信はないが、
それも、最近のカメラの性能がかなりカバーしてくれる。
より気が重いのは、撮影のためのお菓子を調達すること、
そして、より良い状態で、撮影に持ち込むことである。
ネットで購入したお菓子も、破損していないだろうかと、
包みを開くときはドキドキしっぱなしである。

一つ一つ、なんとか乗り越えてきたけれど、
どうしてもうまく調達できないお菓子が、いくつかあった。
その一つが、淡雪羹である。今回の「お菓子のうた」は、いわば、
「郷土菓子編」として書くことにしてあったので、
郷土銘菓としてのそれを利用したかった。

淡雪羹が郷土菓子として知られている地域は、
山口県と、愛知県である。こちらのお菓子を
入手して撮影したかったのだけれど、
如何せん、淡雪羹というその名から推測できるように、
賞味期限がとても短い。遠方から取り寄せるのは、
なかなか難しい、ということが分かった。

淡雪羹の作り方は知っている。卵白を泡立て、
寒天と砂糖を混ぜて、固めたお菓子である。
ええい、自分で作ろう、と決心した。
目標は、味はともかく、見栄えを最優先すること、
である。撮影して本に掲載するのだから、
味までが映ることはなかろう・・・。

さて、作ってみました。
途中で、寒天部分と卵白部分が分離しそうになり、
必死でかき混ぜながら、何とか、カッコだけは・・・。
写真に写してみると、ふ~む、
愛知県は岡崎市の銘菓「あわ雪」には、遠く及ばぬ、
ような・・・。でも、どういうお菓子なのかは、
それなりに映っているような・・・。
でも、あとは印刷だなあ・・。

「お菓子のうた」にもほんの八葉だけ写真を入れたが、
どの写真もPCでは素晴らしい映りだったのに(いや、
単なる自己満足でもないのですよ)、本に掲載されたものは、
かなりジミだった。今回は四十四枚もの写真を
掲載する。苦労したけれど、どうだろう、今からドキドキ。

みかんの季節 [食文化]

今、スーパー果物売り場に行くと、
一番目を引くのが、かんきつ類。
伊予柑、ポンカン、オレンジ、甘夏、
ジューシーオレンジ、グレープフルーツ・・・。
売り場全体が黄色く見えるくらい。

我が家でも甘夏の木を植えていて、三週間くらい前に、
収穫を終えた。二メートル足らずの木なんだけれど、
全部で、二百個近い収穫があった。自家用にはそのうち
五十個くらいを確保。残りは全部、ご近所の方に
差し上げました。キイチゴなんか頂いているし。
喜んでもらえるのが一番(家で食べきれないし)。

そのうちの五個を使って、恒例のジャムづくりも。
きれいに洗った甘夏を二等分して、果汁を絞り、
中の袋は捨てる。皮をできるだけ細く切り(これが
結構手間です)、水を何度も入れ替えながら、あく抜きする。

この刻んだ皮と果汁を合わせて、一晩冷蔵庫で寝かせる。
翌日、ホーロー引きの鍋に入れて、中火で煮始める。
だいたい、二十分くらい。そのあと、全体の重さの
六割くらいの砂糖を二等分して、鍋に入れて煮ていく。

家じゅうが柑橘の匂いいっぱいになって、
最初は良い気持ち・・・途中から、ちょっと
いやになって、めいっぱい窓を開け、換気もすることに。

そうして、八百グラムほどのジャムができました。
苦労しただけあって、素晴らしくおいしい。
私は毎朝、ヨーグルトに入れて食べている。
夏みかん、まだ残っているし、ジャムはどんどん減るので、
もう少し作りたいんだけれど・・・。
気力が出ない。そんなこんなで、ミカンの季節も過ぎていきます・・・。

おいしもん話(その9) [食文化]

最近はラーメン屋さんなどに酸辣湯麺などというメニューを
目にすることも多くなった。この酸辣湯、麺ではなく純粋な
スープとしての料理の方だが、三十年余り前、アメリカにいた時、
同じ英語学校に通っていた台湾出身の女性から、作り方を教わった。

彼女の作り方だと、豆腐、ザーサイ、キクラゲ、など
具沢山で、それだけでもメインディッシュになりそうな一品だったが、
私はたとえば、青椒肉絲とか、酢豚とか、エビのチリソース炒めなどを
作ったときの、副菜的な一品として利用しているので、材料はごく少なく、
つまり、卵だけで作ることが多い。こうすると、主菜の方が引き立つし。

作り方は極めて簡単である。水溶き片栗粉大匙一、酢、ごま油、卵一個
醤油、塩を用意する。これで二人分である。
鍋にカップ二杯半くらいの水を沸かし、塩と醤油で、
やや薄味のお吸い物くらいの味をつける。
火を弱めて、水溶き片栗粉を流しいれ、少しとろみがついたところで、
やや強火にして、溶き卵を(やや高いところから、細く)
流しいれる。こうすると、口当たりがよくなる。
火を止める直前に、酢を入れ、
火を止めてからすぐにごま油を垂らすとできあがり。

ちなみに、私が一番感動して食べた酸辣湯は、
実はハンガリーの街角で偶然入った中華料理店のもの。
すごくおいしくて、翌日もまた入って、
酸辣湯を注文した記憶がある。

中欧の食事に飽きていただけだったのかもしれないし、
実際にものすごく、美味な酸辣湯だったかもしれなし。
それはもう、わからないし、確かめようもないのだけれど。

おいしもん話(その8) [食文化]

最近の食を巡る状況は、実に
便利になってきている、とりわけ、作る人、にとって。
特に冷凍食品レトルト食品の充実ぶりはすごい。
私は冷食はほとんど利用しないのだけれど、レトルトの方は、
いざという時のために、常時、何種類か買い置きしている。

風邪をひいたときのための、おかゆとか、
天候悪化の時に利用したい、シチュウ、カレーの類が多い。

レトルトカレーは、中村屋のものやタイカレーなんかを
利用してきていたけれど、これらを一貫して我が家では
「ポン・カレー」と呼んでいた。というか、相棒がそう呼ぶので、
私もただ、それに倣ってきただけである。
レトルトカレーの老舗、大塚のカレーがその名前なんだろうな、
と漠然と思ってきた。でも、このメーカーのものは、
一度も購入したことがなく、知らなかったのである、
なんとなんと、本当の名前は「ボン・カレー」だったということを!

ごく最近、スーパーの棚のその商品を見て、はっとした。
家に帰って、相棒に言うと、にやにやと笑われてしまった。
「へええ、知らなかったの!?」

ああ、また騙されていたんだ。まったく・・・。
味も値段も扱い法もお手軽なこのカレー、
「ボン」っていうより、「ポン」って感じだろ?
そう言いたげな相棒の表情であったけれど。

あまりおいしくはないレトルトカレー、ただ
救荒食品として利用してきたけれど、
大塚のものは、さらに手が遠のきそうである。

おいしもん話(その7) [食文化]

初めてタイにでかけて、かの有名なスープ
トム・ヤン・クンを口にした時の衝撃ったらなかった。
辛いの辛くないの、っていうより、あまりの刺激に
あらゆる味覚がマヒしてしまった、という感じ。
私には食べられない、と思ったことだった。
ああ、それなのに・・・。

しばらくすると完全に虜になってしまっていて・・。
帰国してからも、その味が忘れられなくなり、
都心にある、小さなタイ料理店(かなり本場の味だった)
へ、ときどき通うほどの、中毒状態に。

身近で材料が調達できるとわかってからは、
自分で作るようになった。特殊なペースト、それに
ニョクマム(輸入品でなければうまくいかない)レモン汁、
がそろうと、かなり本格的な味に仕立てられる。
レモングラスとか、フクロダケがあるとさらにいいけれど。
なければ、シイタケで代用してもいい。

トムヤンクンのクンとは、エビのことで、鶏が入ると、
トムヤンアヤム、となる。エビや鶏の代わりに白身のお魚でも、
美味しくできる。この場面では、香りのあるタイ米が
食べたくなる。今はタイ米も入手できるお店があるんだけれど。
なんだか、びっくりするほど高い。
タイ米って、二十年位前までは安いお米の代名詞だったのになあ。

都心にあった小さなタイ料理店も、大きなビルの中に入ってから、
格段に味が落ち、客足が遠のいたのか、いつか、無くなっていた。
都心に出かける楽しみが一つ無くなって、寂しい。

おいしもん話(その6) [食文化]

夏になると、いや、真夏ではなくとも、
我が家では割合と頻繁にゴーヤチャンプルーを
食卓に出している。一つの大きな理由は、
野菜に好き嫌いの多い相棒が、ゴーヤ
比較的食べてくれる、から(結構気を遣うのだ)。

数年前、奄美大島に行った時に食べたゴーヤチャンプルーの
美味しかったことは、今も舌がしっかりと覚えているのだが。
家でその味を再現するのはかなり困難である。
その後、沖縄でもゴーヤチャンプルーを食べてみて、
奄美のものより、劣る、と感じた。
味の決め手は、奄美大島の麦みそにあるらしい、
と気が付いたのである。

麦みそのほんのりとした甘さと、そしておそらく、
調味料に現地の黒砂糖も使われているのだろう。
くどさの全くない、けれど静かな奥行きのある甘さが、
この料理を密度濃い味に仕上げているように思える。

自分でゴーヤチャンプルーを作って、食べるたびに
いつも奄美で味わったいろいろな
美味しい食べ物のことを思い出す。
田中一村の絵や、島を吹き抜ける猛烈な風の音や、
サトウキビの葉のそよぎや、月桃の葉の匂いや・・・。
ときどきは、それらを思い出すために、
ゴーヤチャンプルーを作っている。

おいしもん話(その5) [食文化]

アメリカで借りていたアパート家具備え付けのタイプのもので、
自動製氷装置のついた巨大な冷蔵庫や、すごく便利なパントリー、
あまり使い勝手の良くないディスポーザー、食洗器などが
ついていた。一番使い出があって、さすが、アメリカのキッチン
と感動したのが、巨大なオーブンである。何しろ、身長158センチ、
体重45キロの私がそのまま入れそうなくらいに大きいのだ(怖いぞ)。

火の回りが抜群に良いので、肉料理が素晴らしく美味にできる。
そして、パンを焼くにも最適。私は学生時代から家で
パン焼きに挑戦していたのだけれど、なかなかうまくはいかず・・。

でも、アメリカでこのオーブンを使ったら、ものすごく美味しい
パンが焼けてしまった。要するに腕より道具、って分野なんだな、
って思ってしまいました・・・。

アメリカで知り合ったサウジアラビア出身のワッハは、
とてもパンを美味しく焼いていて、その作り方も教わったのだが。
彼女からのアドバイスと、アメリカで購入した料理本に載っていた、
ペルシアンブレッドの作り方を参考に、
それからはしばらく、パン焼きに熱中した。
小麦粉の味が生きていて、料理を引き立ててくれる、
主食用のパンである。

当時住んでいたのが、アメリカの田舎だったためか、
周囲で美味しいパンが買えなかったこともあり、
自分でパンが焼けることは本当に助かったのだけれど・・・。

帰国してから、やはり同時期、アメリカに住んでおられた
河野裕子さんに会ったとき、
「アメリカって、パンが不味かったわよね」
と言われた。あれ?河野さんたちはワシントンDC
近くに住んでおられたのに、それでも?
と思ったことだった。

おいしもん話(その4) [食文化]

アメリカではアジア系の人たちとも親しくなり、
彼女たちから教わった料理もいくつかある。
今日はその中の一つ、韓国の牛肉料理について。

韓国出身の玉さんがホームパーティをした時に
作ってきてくれたもので、彼女は「プルゴキ」と呼んでいた。
じゃあ、焼き肉のことじゃないか、と思うのだが。

用意するのは牛肉の塊、みじん切りにしたネギとにんにく
ごま油、醤油、胡椒、砂糖、である。

牛肉を五ミリ幅くらいの細切りにし、砂糖(量は好み、材料の
1~3パーセントくらい)をふりかけ、
良くなじませる。さらにネギ、にんにくを加え、
材料の五パーセントくらいの醤油、同量のごま油、
適量の胡椒を加えてよく混ぜ、冷蔵庫で二時間くらい
全体に味をなじませる。

フライパンを温め、油をひかずに炒めるようにして焼く。

以上で出来上がり。玉さんは、ここに千切りの海苔、
卵焼きの薄切りをトッピングしていたけれど、
我が家では、省略してます。

ご飯のおかずに格好の料理、簡単だし、
多めに作りすぎたら、翌日、スープにしてしまってもいいし。

韓国料理はほかにも教わったのだけれど、
手のかかるものや、材料が日本では入手しにくいものは、
作らず、作れず、いつしか忘れてしまっている・・。

昨年末、韓国に出かけていろいろと食べ歩いてみたら、
彼女たちが教えてくれた料理も少し思い出した。
美味しいものに満ちた国だった、と改めて懐かしくなった。

おいしもん話(その3) [食文化]

アメリカ滞在の収穫はいろいろあったが、、他国の人々と知り合え、
互いの国の文化について話し合えたことはとりわけ大きかったと思う。
中でも、各国の料理について教え合い、もてなしあえた
ことは良かった!今も暮しの中で役立っているから。

普段の料理の中にも取り込んでいるものがいくつかあるが、
今回はその一つ、セビーチェについて書いてみる。
ペルー出身のソフィアの家に招かれたとき、教わった
ペルーの家庭料理である。彼女のお母さんは、
あまり料理は得意でなさそうで、これだけは誰でもできる、
と言っていたほど簡単で、日本人ならきっと好きになる味である。

って、書いておいて、実はどういう作り方だったか、
結構記憶はあいまいなのである。自分で工夫しながら、
改変してしまっている部分の方が多いかもしれない。

とりあえず、我が家の作り方だが、
①主材料として、新鮮な魚介類を用意する。イカ、タコ、
ホタテガイ、そして白身の魚(スズキ、タイなどが最適)
を薄切りにする。
②玉ねぎ、にんにくを薄くスライスする。
深さ二センチくらいの大皿に②を敷き詰め、月桂樹の葉を
一枚載せ、好みで、赤唐辛子のみじん切りを少々、加える。
その上に、①を重ならないように並べる。

レモン一個分の絞り汁に同量のワインビネガー、
①、②の重さの1%強の塩、適量の胡椒をよく混ぜ、
先の皿全体にまんべんなくかける。

皿にラップをかけ、冷蔵庫で二時間くらい冷やすと、
出来上がり、である。好みで、オリーブオイルを少々、
たらしてもいい。

私はフランスパンの薄切りに、ガーリックバターを塗り、
さっと焼いて、添えることにしています。
美味ですよ!

調べてみると、この料理は、いわゆるクレオール料理の一つ、
とされているらしい。ペルーでは、スペイン人、ケチュア系の人々、
中国人(ちなみに、ソフィアは母方の祖父が中華系、父方の祖父が
ケチュア系、両祖母はスペイン系、とのことだった)
などが混交していて、そうした他民族の文化がまじりあって生まれた
料理なのだそうである。生のお魚を使うところはもしかすると、
日本人の文化も少し取り入れてあるのかな、とも思うのだけれど。

そういえば、ソフィアのペルーの家の近くには日本人が
住んでいる地区があった、と言って、「日本の歌」を
断片的に歌ってくれたことがあったが、意味不明であった・・・。

おいしもん話(その2) [食文化]

引き続き、食べ物ネタです。

もうずいぶん前のことになるが(八十年代)、
ニコタマ(二子多摩川)の高島屋レストラン街に、
ポールボギューズのお店があった。

一度食べに行こう、と相棒と話し合っていて・・・。
お給料日に、勇んで出かけたんだけど。
たちまち凹んだ。というのも、スープ一杯が
1800円、とかいう値段で、主菜にサラダ、飲み物などを
頼むと、一人分でも一万円近くになりそうな値段だったから。

それで、同じ階のお店を探してみると、
アルテリーベというドイツ料理店があって・・。
そこの方がかなり予算に見合うものだった。
ポール…の方は、もう少し、お金持ちになったときのために
とっておこう、ということになり(まだ、行ってはおりませぬ)。

アルテリーベでは、アイスバインという料理を注文した。
豚の塊肉を塩漬けにしたものを、
セロリや玉ねぎ、香辛料と共に煮込んだ、
いかにもドイツの家庭料理、って感じの料理である。
少し酸味のある、ライムギパンで食べる。これは結構美味だった。
正直なところ、ドイツ料理なんて・・・っておびえていたんだけれど。

味をしめて、再び出かけてみると、
「お客様、アイスバインは、予約制になっております。
あらかじめ注文しておいていただけないと、お出しできません」
などと言われて、それからこのお店から足が遠のいた。
そうこうするうちに、ニコタマから姿を消してしまい・・・。

一年位前、横浜に行ったとき、アルテリーベがあったので、
懐かしくなって入ったのだが、なぜか、この店、
フランス料理店(?)に鞍替えしておりました。

以前に食べたアイスバインが懐かしくて、自分で
作ってみようとしたことがある。でも、
塩漬けの豚肉の、塩加減が、結構難しい。
あんまり薄すぎてもつまらない味になってしまうし、
濃かったら・・・もう、悲惨である。

市販のアイスバインを使って作ってみたが・・・。
この市販のものの味が、まったくアイスバインらしくない。
(ベーコン、というに近い)

アイスバインは、一度お目にかかったっきり、もう会えなくなって、
いよいよ恋しい異性のような・・そんな気もする料理なのだった。