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麺食い一路(その5) [食文化]

相棒が仕事で、山西省に出かけたのは、十数年前である。

その時に見た、麺作りの様子がずいぶん変わっていて、
心に残ったらしい。
子供の頃、小刀を使って
木の枝などを削って、チャンバラごっこ用の剣を
作った記憶は、昭和の少年なら誰でもあるだろうけれど、
まさに、そのしぐさをしながら
「麺をこういう風に切っては、沸騰したお湯の中に
入れて茹でるんだ」
その名も、刀削麺(タオシャオミエン)というのだそうだ。

石毛直道著『文化麺類学ことはじめ』にも写真付きで
載っていた。その説明によると「太い棒状にした小麦粉の
生地を左手に持ち、右手には三日月形の刃物で
沸騰した鍋の湯の中に、削り落とし・・・」
て茹でるものらしい。短いが麺條のかたちをしている、
と紹介されている。

最初に切り込んでから、手元の生地すべてを
鍋に削り入れるまで、時間差があると思うんだけれど、
出来上がりに、問題はないんだろうか。

刀削麺は、肉味噌入りのジャージャン麺か、
餡でとろみをつけたダールー麺などに料理して食べる。
さらに山西省の味付けの特徴として、
酢を加えるという。刀削麺を供する店では
必ず食卓に、酢が備えられているらしい。

「麺だけでなく、色々な料理に酢をかけて食べるんだ。
これがけっこう、さっぱりしていて旨いんだ」
と相棒は気に入っていた様子だが・・・。

中国語では酢を使うということは、同時に
「やきもちを焼く」という意味にもなる。
そこから、酢を多用する山西省の人たちは
「酢(やきもち)の好きな田舎者」と
他省の人たちから、からかわれるのだという。

「ヤオトンと呼ばれる洞窟みたいなところに
棲んでいる人が多いんだ。僕らが行くと、
どこからともなく、ジャワジャワ集まってくる。

子供がたくさん纏わりついて来て、大きな木の下まで
案内してくれたんだ。そしてみんなで、いっせいに
その木を揺するんだ。ばらばら、沢山実が落ちてきた。
それが、棗なんだよ。あんなにたくさんなるんだなあ。
食べろ食べろって、勧められて、ちょっと弱ったよ・・・。」

彼の話はそのまま、古いおとぎ話のようだった・・。

麺食い一路(その4) [食文化]

相棒は家での仕事が多い人なので、
一週間に四回は、昼食を家で食べる
さらに、夕食を外で食べる、ということが
ほとんどない。夕食づくりの余力を残すためにも、
昼食はできるだけ簡単なもの、となり、当然麺類増える

夏は素麺が便利でいい。何しろゆで時間が短くて
済むもんね。酷暑の時は特に有難いもんである。
問題はおかず。素麺に合うおかず、というのがなかなか
ないのである。

お刺身をつけたことがあるが、これは
素麺(あっさり)+お刺身(あっさり)
と味に重複感があり、今一つだった。

蒸し鶏を作って、棒棒鶏風のおかずを作ってみたが、
それはそれで美味なものの、素麺とはなぜか
微妙に合わない感じがした。

迷っていた時、相棒が急に言い出した。
テレビで見たんだけれど、缶詰のサバと
素麺が合うらしいよ。山形でよく食べられているんだって?
知ってた?」

ええ~!
私は子供の頃、山形県に住んでいたけれど、
素麺+鯖缶という組み合わせの経験はない。
「最近の食べ方なんじゃないの?」

そう言いつつ、内心はじわ~っと、不安が
盛り上がってきていた。私は正直なところ、
鯖はあまり好きな魚ではない。缶詰となると、
さらに、避けたい感じ。なんとなく、であるが。

でも、一度騙されたと思って、食べてみたら、と
相棒が言うので、やってみることにした。
第一、缶詰なら、手間いらずで有難いことこの上ない。

ただし、野菜が不足しそうなので、貝割菜と、
おろし生姜、みょうが、などの薬味をたっぷり用意した。

食べてみると、これが、うまいのである!
さっぱりした素麺に、やや脂っこいサバが、
実によく絡んで、美味なのだった。
よほどのサバ嫌いでなければ、試してみる価値ありますよ!



麺食い一路(その3) [食文化]

中学時代はテニスに熱中して過ごした。
三年の最後の区大会は、列車で一時間くらいかかる
隣の市の中学校で開かれることになり。

朝早く、部員十人と顧問のK先生(三十歳くらい、独身)と
共に出かけた。試合はお昼には終了し、
さて、どこかで昼食を摂らなければ、となったとき。
K先生は私たちを、小さな旅館風の店に連れて行ってくれた。

十人が一度に食べられるような店が近辺に
なかったからだろう。でも、ここでは、中学生の
懐事情には合わないのでは・・・。と、
子供なりに心配になったのだけれど・・。

お店の人と、先生は以前からの知り合いのようだった。
だが、しかし・・・。
途中から、私たちは決して、歓迎されてはいないらしい、
ということがなんとなくわかってきた。もちろん、
お店の人は少しも表情には出さなかったけれども。

大きな畳の部屋で、私たちはうんざりするほど
待たされた。先生は疲れたのか、部屋のすみで
いびきをかき始めた・・・。

ようやくお店の人が運んできてくれたのは、
人数分の冷や麦だった。たった一枚、
きゅうりを浮かべただけの冷や麦・・・。

私たちは、気が狂いそうなほど空腹だったので、
あっという間に平らげてしまったのだけれど・・。
先生は食べなかった。

食べ終わって店を出るとき、私たちは
支払いをしようと、値段を聞いたのだが、
「いいんだ、いいんだ」
先生はそう言って、手を振るだけ。

あの冷や麦は、先生が店におごらせたのか、
或いは相当に値切ったものだったんだろう。
ブラック企業」などという言葉が
まだなかったころのことである。

麺食い一路(その2) [食文化]

日本の麺の分布図、のようなものを思い描いてみるに、
東日本はソバ系、西日本がうどん系、地域によっては
それにラーメンが加わる、といった感じ、だろうか。

もちろん現在では、全国展開するチェーン店が増えて、
各地の特色は薄まると同時に、また新たな地域の味が
生まれ、豊富な麺文化が雑居状態、のようだが。

山形県南部で育った私は、麺と言えば第一に
ラーメンだった。米沢・喜多方ラーメン系で、醤油味。
具は、メンマ、海苔、焼き豚、そしてナルト・・・。
今も、ラーメンは醤油味が圧倒的に好きである。

関西で育った相棒は、当初、「え、ラーメン?」
と、いぶかしげな様子だった。彼にとって麺は、
第一に焼きそば、そしてうどん類だったらしい。
さらに、うどんよりもお好み焼きやたこ焼き。
関西粉もの文化にどっぷりと浸って育ち、
ラーメンなんか、どうでもいい、みたいだったが・・・。

日本のラーメンの多様化の歩みに寄り添うように、
ラーメンになじんできたらしいことが、彼の言動から
伺えて面白い。例えば、二十年位前から東京でも
かなり九州ラーメン系の店が見られるようになり、
豚骨ラーメンなどが彼の好みの射程に入ってきたらしい。
その後、試しているうちに、ラーメン好きになり、
今はいろいろなラーメンを楽しんでいる様子。

私は色々食べてはみるのだが、やっぱり、戻ってきて
しまう。そして、十代の初めころに食べた米沢ラーメンほど
美味いラーメンはどこにもないなあ、と思うのである。

麺食い一路 [食文化]

長期の海外生活をしていると、日本の食べ物が恋しくなる。
ご飯はもちろんだが、その次あたりに来るのが私の場合、麺。
欧米にはスパゲティ以外の麺料理というものが、基本的にない。
意外なことだが、中国でもあまり麺料理は期待できないのだ。

もちろん、麺料理はあるし、そのヴァラエティも豊富なんだが、
美味と感じられる料理が圧倒的に少ない。
私は中国北部の長春と、上海とに二か月ずつ滞在した経験が
あるのだが、両方とも、麺料理はことごとく、ハズレだった。

日本の麺料理は、種類が豊富(大まかにラーメン、うどん、そば、
があり、それぞれ味付けも食べ方も多様)なうえ、値段も安い、
ファストフード的な便利さもあり、食べたいときにほとんど
どこででもそれなりの店が見つかる。地域的なヴァリエーションもあり。
麺料理は今や、代表的な日本料理のひとつ、になっているといっていい。

各自が工夫しながら、自分なりの麺料理に仕上げることも簡単だ。
というわけで、これから少し、麺について、書いてみたいと思います。
               (この項、続きます)

淡雪羹 [食文化]

五年前に上梓した「お菓子のうた」の続編、
近いうちに出せる運びとなり、今追い込み作業に
入っている。書く方もなかなかの作業だけれど、
私にとって気持ちの負担がより大きいのは、
写真である。腕前はまあ、自信はないが、
それも、最近のカメラの性能がかなりカバーしてくれる。
より気が重いのは、撮影のためのお菓子を調達すること、
そして、より良い状態で、撮影に持ち込むことである。
ネットで購入したお菓子も、破損していないだろうかと、
包みを開くときはドキドキしっぱなしである。

一つ一つ、なんとか乗り越えてきたけれど、
どうしてもうまく調達できないお菓子が、いくつかあった。
その一つが、淡雪羹である。今回の「お菓子のうた」は、いわば、
「郷土菓子編」として書くことにしてあったので、
郷土銘菓としてのそれを利用したかった。

淡雪羹が郷土菓子として知られている地域は、
山口県と、愛知県である。こちらのお菓子を
入手して撮影したかったのだけれど、
如何せん、淡雪羹というその名から推測できるように、
賞味期限がとても短い。遠方から取り寄せるのは、
なかなか難しい、ということが分かった。

淡雪羹の作り方は知っている。卵白を泡立て、
寒天と砂糖を混ぜて、固めたお菓子である。
ええい、自分で作ろう、と決心した。
目標は、味はともかく、見栄えを最優先すること、
である。撮影して本に掲載するのだから、
味までが映ることはなかろう・・・。

さて、作ってみました。
途中で、寒天部分と卵白部分が分離しそうになり、
必死でかき混ぜながら、何とか、カッコだけは・・・。
写真に写してみると、ふ~む、
愛知県は岡崎市の銘菓「あわ雪」には、遠く及ばぬ、
ような・・・。でも、どういうお菓子なのかは、
それなりに映っているような・・・。
でも、あとは印刷だなあ・・。

「お菓子のうた」にもほんの八葉だけ写真を入れたが、
どの写真もPCでは素晴らしい映りだったのに(いや、
単なる自己満足でもないのですよ)、本に掲載されたものは、
かなりジミだった。今回は四十四枚もの写真を
掲載する。苦労したけれど、どうだろう、今からドキドキ。

みかんの季節 [食文化]

今、スーパー果物売り場に行くと、
一番目を引くのが、かんきつ類。
伊予柑、ポンカン、オレンジ、甘夏、
ジューシーオレンジ、グレープフルーツ・・・。
売り場全体が黄色く見えるくらい。

我が家でも甘夏の木を植えていて、三週間くらい前に、
収穫を終えた。二メートル足らずの木なんだけれど、
全部で、二百個近い収穫があった。自家用にはそのうち
五十個くらいを確保。残りは全部、ご近所の方に
差し上げました。キイチゴなんか頂いているし。
喜んでもらえるのが一番(家で食べきれないし)。

そのうちの五個を使って、恒例のジャムづくりも。
きれいに洗った甘夏を二等分して、果汁を絞り、
中の袋は捨てる。皮をできるだけ細く切り(これが
結構手間です)、水を何度も入れ替えながら、あく抜きする。

この刻んだ皮と果汁を合わせて、一晩冷蔵庫で寝かせる。
翌日、ホーロー引きの鍋に入れて、中火で煮始める。
だいたい、二十分くらい。そのあと、全体の重さの
六割くらいの砂糖を二等分して、鍋に入れて煮ていく。

家じゅうが柑橘の匂いいっぱいになって、
最初は良い気持ち・・・途中から、ちょっと
いやになって、めいっぱい窓を開け、換気もすることに。

そうして、八百グラムほどのジャムができました。
苦労しただけあって、素晴らしくおいしい。
私は毎朝、ヨーグルトに入れて食べている。
夏みかん、まだ残っているし、ジャムはどんどん減るので、
もう少し作りたいんだけれど・・・。
気力が出ない。そんなこんなで、ミカンの季節も過ぎていきます・・・。

おいしもん話(その9) [食文化]

最近はラーメン屋さんなどに酸辣湯麺などというメニューを
目にすることも多くなった。この酸辣湯、麺ではなく純粋な
スープとしての料理の方だが、三十年余り前、アメリカにいた時、
同じ英語学校に通っていた台湾出身の女性から、作り方を教わった。

彼女の作り方だと、豆腐、ザーサイ、キクラゲ、など
具沢山で、それだけでもメインディッシュになりそうな一品だったが、
私はたとえば、青椒肉絲とか、酢豚とか、エビのチリソース炒めなどを
作ったときの、副菜的な一品として利用しているので、材料はごく少なく、
つまり、卵だけで作ることが多い。こうすると、主菜の方が引き立つし。

作り方は極めて簡単である。水溶き片栗粉大匙一、酢、ごま油、卵一個
醤油、塩を用意する。これで二人分である。
鍋にカップ二杯半くらいの水を沸かし、塩と醤油で、
やや薄味のお吸い物くらいの味をつける。
火を弱めて、水溶き片栗粉を流しいれ、少しとろみがついたところで、
やや強火にして、溶き卵を(やや高いところから、細く)
流しいれる。こうすると、口当たりがよくなる。
火を止める直前に、酢を入れ、
火を止めてからすぐにごま油を垂らすとできあがり。

ちなみに、私が一番感動して食べた酸辣湯は、
実はハンガリーの街角で偶然入った中華料理店のもの。
すごくおいしくて、翌日もまた入って、
酸辣湯を注文した記憶がある。

中欧の食事に飽きていただけだったのかもしれないし、
実際にものすごく、美味な酸辣湯だったかもしれなし。
それはもう、わからないし、確かめようもないのだけれど。

おいしもん話(その8) [食文化]

最近の食を巡る状況は、実に
便利になってきている、とりわけ、作る人、にとって。
特に冷凍食品レトルト食品の充実ぶりはすごい。
私は冷食はほとんど利用しないのだけれど、レトルトの方は、
いざという時のために、常時、何種類か買い置きしている。

風邪をひいたときのための、おかゆとか、
天候悪化の時に利用したい、シチュウ、カレーの類が多い。

レトルトカレーは、中村屋のものやタイカレーなんかを
利用してきていたけれど、これらを一貫して我が家では
「ポン・カレー」と呼んでいた。というか、相棒がそう呼ぶので、
私もただ、それに倣ってきただけである。
レトルトカレーの老舗、大塚のカレーがその名前なんだろうな、
と漠然と思ってきた。でも、このメーカーのものは、
一度も購入したことがなく、知らなかったのである、
なんとなんと、本当の名前は「ボン・カレー」だったということを!

ごく最近、スーパーの棚のその商品を見て、はっとした。
家に帰って、相棒に言うと、にやにやと笑われてしまった。
「へええ、知らなかったの!?」

ああ、また騙されていたんだ。まったく・・・。
味も値段も扱い法もお手軽なこのカレー、
「ボン」っていうより、「ポン」って感じだろ?
そう言いたげな相棒の表情であったけれど。

あまりおいしくはないレトルトカレー、ただ
救荒食品として利用してきたけれど、
大塚のものは、さらに手が遠のきそうである。

おいしもん話(その7) [食文化]

初めてタイにでかけて、かの有名なスープ
トム・ヤン・クンを口にした時の衝撃ったらなかった。
辛いの辛くないの、っていうより、あまりの刺激に
あらゆる味覚がマヒしてしまった、という感じ。
私には食べられない、と思ったことだった。
ああ、それなのに・・・。

しばらくすると完全に虜になってしまっていて・・。
帰国してからも、その味が忘れられなくなり、
都心にある、小さなタイ料理店(かなり本場の味だった)
へ、ときどき通うほどの、中毒状態に。

身近で材料が調達できるとわかってからは、
自分で作るようになった。特殊なペースト、それに
ニョクマム(輸入品でなければうまくいかない)レモン汁、
がそろうと、かなり本格的な味に仕立てられる。
レモングラスとか、フクロダケがあるとさらにいいけれど。
なければ、シイタケで代用してもいい。

トムヤンクンのクンとは、エビのことで、鶏が入ると、
トムヤンアヤム、となる。エビや鶏の代わりに白身のお魚でも、
美味しくできる。この場面では、香りのあるタイ米が
食べたくなる。今はタイ米も入手できるお店があるんだけれど。
なんだか、びっくりするほど高い。
タイ米って、二十年位前までは安いお米の代名詞だったのになあ。

都心にあった小さなタイ料理店も、大きなビルの中に入ってから、
格段に味が落ち、客足が遠のいたのか、いつか、無くなっていた。
都心に出かける楽しみが一つ無くなって、寂しい。