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私のうた(その8) [言葉]

上野動物園に初めてパンダ
やってきたときのことは、よく覚えている。
ほとんどの日本人にとって、パンダは未知のけもの。
さながらぬいぐるみのような愛嬌のある様子に、
みんな熱狂したのだった。

私も実は、かなり早い時期に、上野に
パンダを見に出かけています(ミーハーですね)。
パンダの登場に合わせるように発行された
「朝日動物百科」の「パンダ編」も購入。
今も大事に持っている。

パンダの次に魅力的だったのはコアラである。
こちらも、野生動物離れした愛らしさで・・・。

でも、この両者の共通点は、愛らしさ以上に、
その食生活の偏食ぶりかもしれない。

    ****
  ぱんだとこあら      おかべふみ

 わたしにわかる
 ばななをむくとき おさるのきもち
 はちみつなめれば こぐまのきもち

 にくをかむとき らいおんのきもち
 みるくをのめば こうしのきもち

 わからないのは ぱんだのきもち
 ささのはっぱは たべたことない

 もひとつ こあらもわからない
 ゆうかりのはが おいしいなんて


私のうた(その7) [言葉]

ほぼ毎日、子供の虐待についての報道がある。
私の知人女性は、自分の子育てを振り返って、
しつけと虐待って、意外に紙一重なのよね」
と言っていた。わかるような気がする。

子供は、大人に比べれば圧倒的に無力だが、
もちろん、本能的な自衛力は備わっているから、
それなりの対応をしてくる。大人の方が、
追い詰められていくような場面だってあるはず。

子供の頃、耐えがたく辛い、と思うことは
多々あり、そしてそれは母の言動に
よるところが大きかったけれど、
母もまた、精神的な余裕がなかったのだろう、
ということは理解できるようになった。

なったのだけれど・・・。

    ****
  とげとげまんと    おかべふみ

 おこっちゃった おかあさん
 はりねずみみたい
 ぜんしんが とげとげまんと

 ちかづいただけで ひーりひり
 はだがあかく すりむけそう

 こえかけただけで つーんつん
 するどいはりに さされそう

 きげんなおして おかあさん
 わたしきっと いいこにしてる
 とげとげまんとは ぬいじゃって
 ねえ、いっぷんだけで いいから

私のうた(その6) [言葉]

妹が生まれた時、私は二歳半だった。
当時を覚えている、というのは危ういところがある。
親に聞かされた話から、勝手に作り上げた記憶が
相当混じっている、と言えそうだし。

ただ、眩しい灯りの中、眠る母のそばに
小さな白い塊が寄り添っていたこと、
驚愕して泣いたことは、確かに自分の記憶だった、
と、信じているのだけれど。

その後の、特に大きく変化した母の私への態度、
それらを通して、感じるようになった家族への複雑な思いは、
自分の中で、ながく解消しきれなかった。
ただ一つ、はっきりとわかっていることは、
妹が生まれていなければ、私は、
ものを書く、などとというような業の深い作業に
のめりこむような人間にはならなかった、ということだけ。

     ****
  いもうと      おかべふみ

 ないてるいもうと まっかなかおで
 くちがのびたり  ちぢんだり

 まみだながして はなみずすすり
 うええんえんえん うええんえん

 からだじゅうに ちからをいれて
 にぎりこぶしを ふりまわす

 なけなけもっと おおきなこえで
 ねているかおより おもしろい

 わらってじっと みていたら
 きゅうに きょとん、となきやんだ

私のうた(その5) [言葉]

六、七歳の頃、私は欲望のかたまりだった。
欲しいものが、それこそ無限にあったのである。

様々の模様の千代紙、膨らませて遊ぶ紙風船、
うっとりするくらい良い匂いの香水消しゴム、
キラキララメの入ったリボン、あやとり用の毛糸、
薄い紙せっけん、着せ替えのできる紙人形。
模様のあるてまり、七色のビー玉・・・。

とりわけほしかったのは、十二色のクレヨン。
クレヨンは、入学するときに買ってもらったのだけれど、
妹がいたので、あっという間にボロボロになった。
とにかく広告の裏に酷使するから、すぐに減る、折れる、
汚れる・・・。両親はすぐには買い替えてくれない。
ようやく新調されても、十二色がまともにそろっているのは、
ほんのひとときのことだった。

大学卒業して、初めてお給料をもらうとまもなく、
私は十二色のクレヨンを買った。机の引き出し
大切にしまい、何度も取り出しては眺めた。
きれいなクレヨンはそれだけで、素晴らしい絵のよう。
けっきょくいちども使わないまま、
いつしか、なくしてしまったのだけれど。

             ***
     くれよん       おかべふみ

  きまじめ  きいろ
  おちゃめな ちゃいろ
  きどりや  みどり
  きむらな  むらさき

  おしゃれな  おれんじ
  あまえんぼ  あか
  くろはよくよく
  くろうにん

  くれよんのいろは
  いろいろだけど
  そろって しろい
  かみが すき
 

私のうた(その4) [言葉]

自転車に乗れるようになった日のことはよく覚えている。
小学校三年生の晩春の頃のことである。

当時我が家にあったのは、いわゆるママチャリでもなく、
大人の男性用の、ごついやつ。ハンドルとサドルの間を
つないでいるトップチューブが地面と水平になっていて、
立てチューブとダウンチューブとで三角形をなしている型のもの。

子供はこの三角形の間に足を入れて乗る。いわゆる三角乗り
で、なんとか対応していた。こんな話しても、若い人には
どれだけ通じるかな、と不安になるのだけれど。
つまりは、当時の子供にとって、自転車を操ることが、
今よりずいぶんと大変だったってことなんだけど。

後ろの荷台を友達に支えてもらって、何度も練習した。
転んではあちこちをすりむき、それでも、
自転車に乗りたくて、乗りたくて・・・。
その瞬間は、思いがけないほど、あっけなく訪れたけれど。
しばらくは、滑らかに運ばれていく快感に酔いしれた。

大人になると、こういう瞬間はどんどん少なくなる。
人間もまた、収穫逓減の法則から逃れられないんだなあ。

       ***
    じてんしゃ        おかべふみ

 いつものじめんが
 きゅうにうごきだしたかんじ

 からだのわきに
 くうきのかべができたかんじ

 そらがちかくなって
 みんなが手をふっているかんじ

 みてみて、わたし
 きょうはじめて じてんしゃにのれたの

私のうた(その3) [言葉]

生まれて初めて生のパイナップルを食べたのは、
小学校高学年の頃で、昭和三十年代の終わりころ。
当時は東北に住んでいたのだが、父の部下が
なんと新婚旅行宮崎に行ったのである。

宮崎って、温暖で豊かなところだろうなあ、
雪も少ししか降らないんだろうなあ、と、
ただ、南国であるというだけで、未知の地への憧憬は募った。

頂いたパイナップルは思い描いたほどに甘くも、
美味でもなく・・・。
その後、少しずつ、南の地には南の地の悲しみがある、
と知ることになる。

        ****
   パイナップル     おかべふみ

 とげとげしてるよ きがたってるよ
 ちかづかないで、ほうっておいて
 まだまだまずいよ すっぱい
 てをふれないで かえってちょうだい

 なかまはみんな うみをこえ そらをこえ
 とおくのくにへと うられていく
 むらじゅうだれもが そうぞうできない
 あかいあきのくに しろいふゆのくにへ

 せめてひとつだけ このおそいみだけでも 
 のこしておいて しまのこどもに
 だって、たぶん、きっと
 おそいみこそが いちばんあまいみ 

私のうた(その2) [言葉]

私は幼稚園には入っておらず、小学校入学半年前まで、
読み書きが全くできなかった。
「学校で教わるまで、無理に教えるべきではない」
というのが、母の方針だった。
入学四か月くらい前に、健康診断と面接があり、
その時に自分の名前が書けなくてはいけない、
と聞いてきた母は、ちょっと慌てていた。

私の旧姓は「さいとう」。この「と」と「う」が、
そっくりに見えて、いつもどちら側を向いているのか迷う。
まず、お箸を持つ手の側を向く方を書いて、それから
反対向きの「う」を書く、と教わり、しばらくは、鉛筆を
一旦置いて、ご飯を食べる動作をしないと書けなかった。

次に自分の名前の最初の字、「ふ」がすごく難しい。
なかなか書けない私に業を煮やした父が
「前の字の『う』をもう一度書いて、両側に
点を打つとそれらしく見える」
と、「抜け道」を教えてくれた。

入学して、自分の姓名を書いていると、
隣に座っていた男子が、
「お前の『ふ』、変だな。
数字の3を書いてから、両側に点を書いたらどう」
とこれまた、抜け道を教えてくれた。
         ***

  ひらがなのべんきょう     おかべふみ

 めいろみたいな   あゆぬれねおめ
 にていてちがう   へりくつこいし
 かりたりすてたり  ほけたなはにま
 どっちむいてる   うるとらろてちか
 かっこがつかない  やみひそえふむ
 べんきょうなんて  すきものさせよ
 いいね、いぬにはじがなくて  わん!


私のうた [言葉]

我が家にテレビが入ったのは、
小学校入学した年。そしてまもなく
NHKの「みんなのうた」という番組のファンになった。
おお牧場はみどり、おなかのへるうた、フルーツサラダのうた、
アイスクリームのうた、デビー・クロケットのうた・・・・。

返信用切手を貼った封筒を同封すると、
楽譜を送ってくれる、というサービスがあり、私は
二か月に一度ずつ、依頼の封書を送ることにした。

今は知らないが、当時は二か月毎に歌が変わった。
月曜から金曜まで各回二曲ずつの放送、
曜日ごとにも変わるので、送られてくる楽譜には、
毎回、十曲くらいが掲載されている。版権の問題とかで、
載っていない曲もあった。

小学校二年生くらいから始め、卒業するまで
隔月ごとに欠かさず続けたので、楽譜はかなりの量になった。
私がこんなことをしつこく続けていたのは、
実は、私は童謡の詞を書く人になりたかったからである。
でも、どうしたらなれるのか、わからなかった。

だれにも言えず、誰にも聞けないまま、
中学生になり、クラブ活動などに熱中しているうちに
忘れてしまったのである。
楽譜の方は、結婚して最初に住むアパートにまでは
運んだ記憶があるのだが、その後引っ越しを繰り返すうちに、
残念ながら、紛失してしまった。

書棚を整理していたら、詞とも詩とも、
たんなる書きなぐり、ともいえる、
「童謡の詞」っぽいもが出てきた。
三十年位前に書いた私の「詞」のノートである。
ごちゃごちゃしていて、未完のものも・・・。

恥ずかしいのだけれど、もう時間も経ってるし、
ここで少しずつ、日の目を見せてやろうかな、
という気がしている。
(というわけで、この項、続けます)


月刊誌 [短歌]

短歌の月間誌、AとBをここ何年も、
月ぎめで購入し続けてきた。

一年に一度、購読料を振り込むだけで、
自動的に送付されてくるのは便利だし、
そこで面白い企画や作品に出会えれば、
得したような気持ちになれる。

でも、最近は、どうなんだろう。
あまり興味を感じる記事が少なくなったような。
他のことに気を取られていることもあるだろうが。
届いたときにざっと目を通して、あるいはほとんど
開くことのないまま、とりあえず積んでおく、
その後、書棚に並べる、というような状態が続き・・。

昨年末、A誌の方は、誌代が切れたところで、
継続を止めた。B誌もまもなく切れる。
継続するのはやめようか、迷っているところ。

実は、最近、冒頭近くに登場する歌人たちの
作品が、今一つ、のように感じられるのも、
月刊誌に魅力を感じなくなった理由の一部、
のように思う。もちろん、ゼロというわけではなく、
「あ、この人が登場した」と、ワクワクしながら
のめりこむように読む、ということはあるのだが・・・。
そういう人が毎回複数登場するわけでは決してない。

漫画の週刊誌などもあまり売れなくなっているらしい。
とはいえ、超ベストセラーになる漫画本は、相変わらずある。
雑誌には、その名の通り、様々の内容が盛り込まれているわけで、
好きなものも嫌いなものも一緒くたになっているのが、
敬遠されるのだろう。それはよくわかる。

私も、好きな歌人が歌集を出したときに、
買えばいいかな、雑誌の時点で、読む必要もないかな、
と心が揺れるのである。
とりあえず、書棚を大きく占領してしまっている
未読雑誌を片付けなければならない。そうでないと、
新たな書を受け入れる、物理的余裕がないのである。

比喩 [言葉]

一昨日は、定例の横浜歌会の日。
出席者は20名で、先月の21名に続き、今月も盛況で、
楽しくも充実した時間を過ごすことができた。
横浜歌会ならではの厳しい批評もあり・・・。
楽しい、ばかりではなかった方もおられたかも・・・。

短歌に比喩はつきものだけれど、
今回も、比喩としては平凡、と批判された作品が・・。
比喩は目立つ分、おろそかにしてはいけないなあ、
と自分も気を引き締める・・。

ところで、短歌に限らず、普段の生活の中で、
上手い比喩を使っておしゃべりのできる人って
いるもんである。私の場合、かつて同僚で、
個人的にも親しく付き合っていたM(一才下の女性)。

私の身なりに強い関心をもってくれていたのは
いいんだけれど、けっこう、ダメだししてくる。
襟元に小さなブローチを付けていったとき、
「ん? 何それ、イカの足みたいなの?」
小さな白いリボンがよじれたような形の、
七宝のブローチだったので、
「ムム、いい得てる!」
と感動!そのブローチは今も
時々つけているけれど、そのたびに思い出しておかしくなる。

美容院でカットしてもらった髪が
やや短めになってしまったときのこと。
「あ、来た来た、茶坊主!」
が~ん。でも彼女なら許せる。人柄である。

私の義母(夫の母)も俳句をやっていただけに、
比喩的表現は抜群だった。彼女の息子(我が夫のことだが)
の下手な字のことを
「こう、吹けば飛ぶような、ホコリみたいな字よね」
と言っていた、掌の上の何かを吹くようなしぐさをしながら。
彼女の息子が、朝の洗顔をときどき、端折っているのを、私が
批判的に指摘したときは、掌でつるっと自分の顔を撫で、
しらっと言ってのけた。
「こうやって、顔を舐めているんじゃないの?
ネコちゃんみたいに」
完全にお手上げ。やはり、母には勝てないのである。