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あるバイト [生活]

学生時代は、日々是赤貧、であり、
とにかくバイトに追われていた。
理由は、家庭の経済事情+α。α部分はいろいろ、
複雑なので、ここでは省略するが、両親が私に
渡してくれたお小遣いは通学に必要な交通費にも満たなかった。

大学の学生課前の掲示板には常時、バイト情報が載る。
授業の合間を見ては、この掲示板を確認に行き、
条件の合うバイト(効率よいこと、授業にかぶらないことなど)は
片っ端から申し込んでいた。

大学二年の六月のことである。
例によって求人の掲示板を見ると、

「自分の興味のある文学書について調べ、
レジメを作って、報告する」
という仕事についての募集が出ていた。
求人数はひとり。募集先は、都心にあるX出版社。
自分の都合のよい時間に、月四度出社すればいい、とあり、
バイト代は、一か月二万円! とあった。

当時私は、月四度の塾の教師もしていたが、こちらは五千円。
二万円は、目もくらむような高給だったのだ。
私は大急ぎで、学生課に出向き、応募の手続きをした。
そして、幸いにも私にその仕事が振り分けられたのだった
(単なる先着順、だったらしい)。

X出版は当時は創業後日の浅い、中小の出版社だったが、
それでも名前は結構知られていた方だったと思う。

私はこの出版社に電話を入れ、指定された日時に出向いていった。
秘書らしい、中年の女性がにこやかに出迎えてくれ、
通されたのは、社長室だった。社長は、当時五十代くらいの
男性だったと思う。彼は私に、こう話した。
「何か自分の興味のある作家を選んで、どういうところが
面白いか、レポートし、毎回私の前で説明してほしい」

社長とひざ詰めでの仕事らしいことに驚き、
臆するところがあったのだが、
ともかく私は、厳しい赤貧状態にあった。
こんなにおいしい仕事を、手放すわけにはいかない。
私は、相手の言うことにすべてうなずいていた。

今の私なら、こういう仕事を大学生に高給を払って
頼む、ということを、どこかおかしい、と思う。
真意はどこにあるのか、と、勘ぐりたくもなる。

が、しかし・・・。
私は当時のゼミで近代中国史を
やっていた手っ取り速さから、
魯迅を選び、学生のレポートそのものの
レジメを作って、指定された出勤日にもっていった。
社長はにこやかに私に耳を傾けてくれたのだが・・・。
次の出勤日に赴くと、なんと私は、
そのまま解雇されたのだった。
愕然とする私に、秘書は二万円入りの
封筒を渡してくれたのである。

やっぱり、あのレポートがお粗末すぎたんだろうなあ、
と今も時々考える。同時に、あの社長が自分で始めようとしたことの
安易さに気が付いたのかも・・・。とも思う。

X出版はその後、二度の倒産・整理期間の危機を経て、
現在も操業中ではある。

歯医者 [生活]

一年に三、四回、歯医者に検診にでかけている。
歯石を取ってもらうのが主で、ほかには歯の磨き方などの
指導を受ける程度なのだけれど。

家から一時間ほどのところにある、H歯科まで
わざわざ出かけているのは、実はこの歯医者さんの奥さんとは
翻訳の仕事を通して知り合い、いろいろ話しているうちに
信頼できる歯医者さんらしい、という確信を持ち・・・。
以来、ここに通うことになって、十年近くになる。

二年ほど前にはH先生に親知らずを抜いてもらい
(ひどい苦しみだった)、腕は確かとさらに信頼は増したが。

でも、普段の検診でお世話になるのは歯科衛生士さんの方。
昨年初頭頃までは、なかなか感じの良い女性、Aさんだったが。
この方の都合が悪かった日に、たまたま歯科衛生士Bさんが
担当する、ということになり・・・・。

そのうちにAさんが、出産育児休暇に入られてしまい・・・。
以来、私の担当者さんはBさんということになってしまった。

Bさんは、三十三、四歳らしい。ボーイッシュなさばさば
した感じのする人で、話している限り嫌な感じはないのだが。
問題は治療(というか検診ですね)に入ると、
ものすごくしゃかりきになってしまう、みたいだ。
口を開けて、中を点検したり、歯石を取ったりする間、
ふつうは何分かに一度ずつ、
「楽にしてください」とか「口の中を濯いでください」
とかいう、お休みタイムが入るのだが、これをなかなか
入れてくれないのである。こちらは口を開けたままなので、
意思表示が難しい。昨日はとうとう両手を振って
「もう、いい加減、休ませて!」と、身振りで訴え。

「ああ、すみませんでした」
とは、言ってくれたけれど、やり始めるとまた、
患者がどういう状態か、忘れちまうようだ・・・。
(顎のあたりに、しばらく違和感が残るほど)

歯科衛生士のAさんが復帰するのはいつなのか、
あるいは退職してしまうかもしれないし・・・。
H歯科に行くの、もうやめようか。
昨日は、そんなことを思いながら、帰途に就いたのでした。

暑い日の飲み物 [食文化]

子供のころの夏の飲み物の一つに、
梅酒の湧き水割り、というのがあった。
(子供なのに、アルコール、よかったのかな)。
母が熱心に梅酒を作っていた時期があって、
夏の真昼、近くの湧水(山に囲まれた田舎に住んでいた)
を汲んできて、この梅酒を水で割って飲ませてくれたのである。
湧水はいつもひんやりとして抜群においしかった。
たぶん、梅酒の方は、ほんの少し香りづけくらいだったのだろう。

その後、冷蔵庫を購入し氷をつくれるようになると、
夏の飲み物は、カルピスに変わった。
でも、このカルピスと氷水のバランスはけっこう
難しい。多すぎると美味は美味だが、余計喉が渇いてくる。
少しでも氷水が多くなると、まずいのである。

 「カルピスが薄い」といつも汗拭きつつ父が怒りし山荘の夏
                 栗木京子『夏のうしろ』

今、私は毎日、冷たい紅茶を作って、愛用している。
紅茶の葉は、アールグレイである。
濃く作って、暑いうちに氷をどどどっと
入れて、急冷させる。こうすると香りが飛ばないし、
なかなか美味なお茶になるのです。
アールグレイは、初めて飲んだとき
「薬みたいだ」となかなかなじめなかったのだけれど、
それが嘘みたいに、大好きな紅茶になってしまった。

人間にも、そういう人がいる。
嫌だな、と思っていた人に何か惹かれるものをみつけたとき、
最初から好きだ、と思った人よりも長く、長く、
好きでいられる、みたいな気がする。


The Penguin Book of Japanese Verse [文学]

先日触れた『The Penguin Book of Japanese Verse』
2009年に改訂版が出ていたのを知り、早速ネットで購入した。
八十年代、滞米時に住んでいたノースカロライナ(アメリカじゃ
田舎だ)で、旧版を購入した時より、びっくりするほど簡単で
かつ安くて(八十年代半ば、一ドルが240円くらいだった!)
便利になったもんだ、としみじみ・・・。

改訂版は旧版より3割くらいページ数が増え、
特に現代詩人の作品がたくさん収録されていた。
戦後に主に活躍した詩人は旧版では
谷川俊太郎と田村隆一くらいだったが、
改訂版では吉増剛造や伊藤比呂美まで
八名も追加されていて、感動しちゃいました。

でも、短歌はというと・・・。
現代歌人は一人も収録されていず。
近代歌人も先にふれたとおり、
茂吉、晶子、牧水など七名のみ(旧版のまま手つかず)。
訳者の好みもあるかも・・、でも
少し寂しいかも・・・。

題詠「冷菓」 [短歌]

七月の横浜歌会のお題は「冷菓」
お菓子の歌はたくさん書いている私だけれど、
冷菓については、意外に少ない。

子供のころはともかく、大人になってからは、
パフェの類を時々食べるだけで、キャンディなど
氷の類はほとんど口にしなくなっているせいもある。

さらに題詠「冷菓」となると、冷菓以外のお菓子との
線引きが意外に難しいのである。

当日登場した冷菓は、かき氷が最多で、これは
冷菓に違いないし、詠みやすいということがあっただろう。

ほかには、ジェラート、水羊羹、シャーベット。
最多得票を得たのはコンポートを詠んだ歌で、
コンポートが冷菓、というのは苦しいかなと言ってしまった私。
その私はゼリーを詠んだのだけれど、やはりゼリーって、冷菓?
という突っ込みが入ってしまった。

面白かったのはガリガリ君を詠んだ人が二人もいたこと。
ハーゲンダッツも二人。そしてガリガリ君を全く知らない、
といった人が約三人もいて・・・。

あれこれ言いあううちにいつしか
ガリガリ君(貧困層)対ハーゲンダッツ(富裕層)
の階級闘争的色彩を帯びてきて(いや、これは冗談ですが)。

題詠って面白いなあ、歌会ってなんか楽しいなあ、
と思いながら、帰途につきました。
はたから見たら「なに、アホなことやってんの?」ってことなんだろうけど。