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藤沢周平体験(その8) [短歌]

藤沢周平の長塚節を描いた小説の『白き瓶』という題は
次の歌からとられている。

 白埴の瓶こそよけれ霧ながら朝はつめたき水くみにけり
                長塚節

平福百穂の秋海棠の絵に対する画讃の歌で、
この歌について、久保夫人と語り合う場面が、
小説の巻末近くに置かれている。
画讃とはどうあるべきか、自分がどういう思いを込めて
この歌を詠んだのかが、語られる。いや、藤沢が
節の心を裡を伺いながら、なり替わって語っているわけで・・・。

その部分が、私にはとても面白かった。特に眠れない中、
ふと一首のうたができて、それをきっかけとして、歌ができ始め、

  ・・白埴のの歌はこの時期にできたのだが、節にはこの歌が、
  長い間心の中で歌の形をとるのを待っていて、できたときには
  その待っていたものがようやく心の深部から出てきて日の目を
  見たような気がしたのである。

という部分は、なんとなく自分にも同様の経験があるような、
節と同じ気持ちを共有できたようにも思え、心惹かれたのだった。

一首のなかの「霧ながら」は、現代の読み手にはわかりにくい表現だが、
藤沢が綴っているように、この措辞こそが眼目ともいえそうである。
霧が出ていて、視界は曇っている。でもその中にあえて歩みだし、
朝の水をくむ。視力が利かない分、皮膚感覚は鋭くなっている。
その鋭さが、まっすぐに冷たい水に繋がっていくのである。

この場面に限らず、歌を巡っての様々な解釈、あるいは歌人同士、互いの歌を
評価、鑑賞し合う部分はこの小説の中で最も興味深かった。
伝記的な記述は減らして、もっとこちらの方を書き込んで
欲しかった、と思えるくらいに。
藤沢は俳句はやっていたようだが、短歌はどうだったのだろう、
と不思議にも思えたのだが、短歌の鑑賞には、先日亡くなられた
歌人の清水房雄氏が、藤沢にいろいろと助言していたらしい。

巻末には二人がやりとりした手紙が付されていて、こちらはある意味、
小説より面白い、って、まあ、歌をやっている人間だからこそ、
かもしれないのだけれど。

『白き瓶』を読み終わった後、また何冊か、藤沢の
江戸期を扱った小説を読んだ。でも、何か物足りなく
思えるようになってしまっていた。『白き瓶』を読んでしまった今、
もうこれ以上の藤沢作品に出会うことはないのだろう。
永田和宏さんのあの言葉を聞いたときに、
もうわかっていたことのようにも思えるのである(この項、終わります)。
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