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本の虫(その3) [読書]

翻訳少女小説(そして少女漫画にも)に強く惹かれながら、
母にきつくたしなめられて消沈していた私。
それからまもなくの、小学校五年生の頃に利用していた
図書館に、新しい本がどっと並んだ。ポプラ社から刊行された
「江戸川乱歩全集」である。これは子供たちに大人気で、
たちまち取り合いになった。噂を聞いて図書館に駆け付けた
私は、最初の二、三回はまったく目にすることさえできず。
返却されるの待ち伏せするようにして、借りることに。

その怪しい魅力についのめりこんでしまったのだが・・・。
少女小説を巡って母にきついお目玉を食らっていた時は、
あからさまに見方はしてくれなくても同情的だった父は、
江戸川乱歩にのめり込む娘を良くは思っていなかったらしい。
図書館の本だから仕方ない、という態度だったが、
私も思い切り読みふける、ということはできにくい
雰囲気になってしまった。
我が家では、休日の朝は両親とも起床時間が遅かったので、
私はこっそり早起きして乱歩を読んでいた記憶がある。

同時期に、ホームズやルパンなども読み始めた。
でも、自由に読める本が少なすぎた。続けて読もうとしても
図書館には入っていなかったり、貸し出し中が続いて
借りられなかったりする。そして、小学校卒業を迎えてしまう。
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本の虫(その2) [読書]

文字が読めるようになって、たちまちのめり込んだのは、
実は漫画の方だった。最初に読んだのが近所のお姉さんが
貸してくれた「なかよし」掲載の「ぺスよ尾をふれ」だったことも
よく覚えている。「りぼん」の「おてんば天使」や「おはようコロタン」も
好きになり、これ等の月刊漫画雑誌が読みたくて気が狂うほど
だったけれど、母が少女漫画を異常なほど嫌っていて、
借りてきて読んでいてさえ、つけつけと文句を言われた。
まして購入してもらえたのは風邪をひいて寝込んだ時くらい。

小学校三年になるときの春休み、毎年祖母の家に出かける途中、
山形の駅前の書店で一冊好きな本を選んでよい、と言われていて、
私は美しいイラストに惹かれて『天使の花かご』を手にした。
これを機に、私は翻訳版の少女小説にのめり込むことになった。

『天使の花かご』は、最近ネットで調べてみてわかったのだが、
ドイツの作家シュミットの作品で、翻訳は谷村まち子のものだった。
偕成社の「少女名作シリーズ」の一冊だったことは良く覚えている。
この本は近所の同年代の友人に愛され、そして「面白かった」
という友人たちは、このシリーズから別の本を購入して
私に貸してくれた。それで私は『悲しみの王妃』(マリーアントワネットの
伝記)、オルコットの『美しいポリー』を読んだのである。

私はこの名作シリーズが他に十数冊出ていることを知って、
母に「全部読みたい」と言って、あきれられた。それで
私は自分の『天使の・・』のみならず、友人の『悲しみの‥』も
何度も借りては繰り返し読み、読んでは泣いたりしているので
(悲劇的内容なのだ)母はしまいは激怒し、
少女小説禁止令が発令されてしまった。
私は今もそうだが、夢中になると周りの音が聞こえなくなり、
母から頼まれる用事に、生返事するようになったことが
母の逆鱗に触れてしまったらしかった・・・・。




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本の虫 [読書]

本の虫、別名活字中毒。英語にもbookwormなる言葉が
あって、紙魚のことだが、転じて読書狂を指す。

私は平仮名を全部読めるようになったのが小学校入学
直前、と遅かったので、文字が読めるようになった時の、何か
異なる次元に立ったような感じ、見知らぬ世界への扉が突然
開き、明るい世界へ飛び出したような感覚を、微かながら覚えている。

早速、近所のお姉さんに、図書館に連れて行ってもらって
貸出カードを作ってもらい、二冊借りた。この図書館は、
父の会社の労働組合会館に付設された小さなもので、
学校の教室半分くらいのところに、書架がせいぜい十数面、
というところ。子供用の書架は三棚くらいだったけれど、
好きな本を借りられる、ということに驚嘆したことも覚えている。

その時に借りた一冊は、『チロリン村とクルミの木』、
当時、テレビで放映されていた人形劇の物語版で、表紙に、
くるみのクル子ちゃんなど登場する人形の写真が使われていて、
目を引かれたからだ。それと
子供向きにリライトされたジャックロンドンの『荒野の呼び声』。
これは、たぶん一緒に行った年上の友人が勧めくれたからでは
なかっただろうか。私はこちらの方の本を夢中になった。
物語の世界に没頭していく、きっかけになった本だった。
         (この項、続けます)

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サンドリヨン [藝術]

NYのメトロポリタン・オペラが日本の映画館で上映される、
METライブビューイング、2017-2018の最後の演目が
このサンドリヨン、シンデレラのフランス語読み。
もともとペローの童話であるし、この歌劇は、
フランスの歌劇界で名の知られたマスネの作品である。

とはいえ、マスネって、タイスの瞑想曲だけが突出して
有名で、オペラ「タイス」は知らなくてもこの曲だけは
聞いたことがある、という日本人が多いのではないだろうか。

ともあれ、「サンドリヨン」の舞台の写真が今年度のオペラのパンフの
表紙にも使われていて、すごく幻想的な雰囲気なので期待していた。


ところが・・・。
舞台装置がものすごく簡略されていて、かなり手抜き的。
音楽の方も、特に前半の方は単調な印象だった。
素晴らしかったのは衣装で、ペローの童話が最初に印刷されたとき、
三色しか使われていなかった、という理由から、衣装の色彩も
その三色に限定されたということだった。女性たちの衣装は、
主人公のドレスを除き、全員がややくすんだ赤に統一されていた。
色彩が同一だからだろうか、そのデザインは個々に異なり、
これを見ているだけでも、十分楽しめたのだけれども。

オペラの醍醐味である重唱がとても少なく、全体に単調な感じは
否めなかったのである。ストーリーの展開も、かなり
独創的な部分があったけれど、シンデレラのストーリーに
そぐわない、と思われる部分もあったりして。

この映画館での私のオペラ鑑賞は、これで四作目だったが、
それまでの三作品が素晴らしかっただけに、ちょっと拍子抜けな
感じ。11月ごろから新年度の演目が登場してくるらしい。
それに期待したい。


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多摩森林科学園 [旅]

学生時代からの友人、Nに誘われて多摩森林科学園なる
ところへ出かけてきた。Nは山歩きが好きで、北アルプスなどにも
登っているらしい。私はそういうところには付き合えない、
でも、丘陵くらいならいいよ、と言ってあったので、ここくらいなら、
ということになったのだろう。

JRの高尾駅から徒歩十分ほどのところにある、森林総合研究所なる
ところの付属施設(?)らしい。広さは約8ヘクタールとのこと。
「各種の桜の保存林として有名なので、開花期はかなり混雑するけど、
この季節、あまり人はいないよ、でも深緑がきれいだし、
運が良かったら、ムササビとか、動物も見れるかも」とNが言う。

待ち合わせ当日はあいにく、午後から雨の情報だったので、
時間を繰り上げて、開園と同時に入ることにした。
門扉を開けてくれた人が、早速
「今、モリアオガエルの卵が見られますよ」
と、管理棟の裏の池に案内してくれる。
メスが木に登り、それをオスが追いかけて産卵するらしい。
木の枝の高いところに、大きな泡状の卵がくっついていて
びっくり。知らなければ、蛙の卵とは気がつかなかったはず。

その後、二人でゆっくりとおしゃべりしながら
森の中を歩く。楓や桜、ケヤキ、メタセコイア、松、杉・・。
時々立ち止まって、木の実や花を見たり、
葉っぱに留まっている天道虫やカメムシなどを
カメラに収めたり。

途中で、ガサガサッと音がして目の前を
むっくりとした生き物がさっと横切っていった。
狸らしい。大きなしっぽがつるりっと、道の端に
見え、すぐさま姿が消えた。

途中でちらちらと細かい雨が降ったが、すぐ止む。

「ねえ、エマ・トンプソンって、他にどんな映画に
出ていたっけ?」唐突にNが訊いてくる。私が
本当に久しぶりにイギリス映画「日の名残り」を見た、
と何かの用のついでにメールに書いたのは、一か月も前のこと。

面食らったが、すぐに、ちょっと苦笑。
Nと話していると、物凄く唐突に話題が飛ぶ。
学生の頃は、もっと酷かった。こちらが彼女の問いに誠意を
もって答えている、という場面でも、急にものすごく
関係ない話題を振られる。驚き、時にむかついたり、
虚しくなったりもしたけれど。

彼女は彼女のペースでおっとりと生きている、と理解でき。
今は、自然に受け止められるようになった。もう、
半世紀近く付き合ってきたから。
森の青い空気を吸いながら、のほほんと過ごした半日・・・。




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谷川俊太郎 続 [文学]

手元にある谷川俊太郎『はだか』(筑摩書房)の奥付は
1988年 7月30日 第一刷発行
1990年 8月20日 第十七刷発行

となっている。わずか二年で十七刷、という驚異的な
売り上げを果たした詩集なのだった。私はこの頃、
短歌の方に目が向いていて、現代詩を読んでいず、
たぶん、評判を知ってから慌てて買いに行ったのだと思う。

読んですぐさま納得した。やはり谷川さんは凄い。

『はだか』はA5判をやや細長くしたような大きさで、
段ボール紙のややぶっきらぼうな感じの箱付きである。
モノクロの挿絵がついていて、これは当時谷川さんの
パートナーでもあった、絵本画家・作家の佐野洋子さんによる。
ふと太とした線画が印象的だが、詩によりかからず、
かといって内容を邪魔しない、絶妙なスタンスを保っている。

収録されているのは23篇の詩で、主体は子供、
というか、子供の声で語りかけられている詩、と聞こえる
作品なのだった。それだけに切実さがあって、
どの詩も、読むたびに何か心の深いところを打たれているような
気になって、じん、としてしまう。

詩のなかには、男の子の声で語られるような詩と、
女の子の声らしいものと二種類あるのだけれど、
男の子の方が、断然いいのである。谷川さんが
かつて、男の子、だったからだろうなあ、などと想像する。
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谷川俊太郎 [文学]

現代詩人のなかで一番好きな人は、と訊かれたら
ためらうことなく即答する。谷川俊太郎さん、と。

初めて読んだ詩集が何だったかは忘れたが、
最初に購入したのはなぜか『谷川俊太郎詩集 続』(思潮社)。
奥付を見ると、1981年5月1日第三刷発行、となっている。
(短歌を初めて間もないこである。私は短歌より先に
現代詩の方を読んでいた)
不思議なことに初版の日付がないが、1979年らしい。

この本を読んでいるうちに、やはり『谷川俊太郎詩集』も
欲しくなって購入した。こちらの奥付は
 1965年1月29日 第一刷発行
 1983年12月15日 第十四刷発行

と併記されている。詩集で十四刷って、やはりすごい。
でも、読んでいると私は、『谷川俊太郎詩集 続』の方が、
好きかもしれない、いや、断然好き、という気がしてくる。
でも、もっと好きな谷川さんの詩集がある。
それは『はだか』・・・。(続きます)
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天童 [短歌]

山形県天童市は、将棋の駒作りの町として、或いは温泉町として
ご存知の方も多いのではないだろうか。山形市からすぐのところにあり、
ベッドタウン的な存在として発展してきてもいたらしいが・・・。

私の母はこの町育ち。祖父母の家があったので、子供の頃は、
一年に一度(春休みが多かった)は、泊まりに行っていた。
今も母の甥一家が住んでいるが、私は学生の時に一度
遊びに行って以来、四十数年、一度も行っていないのだが。

ところで葛原妙子の最終歌集『をがたま』には
「天童」という短い連作がある。やや長い詞書が付されていて

 「天童」とは憧憬に充ちた羽前の町の名である。天童城始祖
 南朝系天童丸は十四世紀の人。・・・

と始まる。葛原らしいきびきびとした文章に導かれるのは
つぎのような作品。

  幽暗の林檎実らばよりゆきてムーンクイーンと呼ばしむはいかに
  天童のをみなきたりて置きゆきし紅花(こうくわ)乾きて紙の音する
  呼気かすか触るよりなほかすかなり口唇にくれないゐ伸(の)すこと

天童はまた、口紅の原料となる紅花の産地でもあったからである。
読んでいると、子供の頃に従弟たちと遊んだ小川や、土手沿いの道が
思い出されてくる。

母はもう施設にいて少々認知症気味だが、私が行くと待ち構えたように
様々な話をしてくれる。内容は多岐にわたり、特に子供の頃、若いころの
話が多く、その細やかな記憶に驚かされるのである。
母が母の姉(私の伯母)とあまりうまくいっていなかったこととか、
子供の頃、近くに住んでいた祖母(私の曾祖母になる)に
預けられることが多くて、嫌だったこととか・・・。

私にはいつも強く、多く怖い存在だった母。でも、もっと早いうちに
天童での話が聞けていたら、身近な存在に感じられていたかもしれなかった。
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権之助坂 [旅]

権之助坂は目黒駅のすぐ近くにある。私は高校~大学一年まで
の四年ほど、目蒲線(今の目黒線)沿線に住んでいたので、
まず目蒲線で目黒に出てから、山手線を利用する、ということが
多かった。目黒は途中駅ということになるのだが・・・。

高校の卒業式から大学入学式までの三週間ほど、目黒駅から
徒歩七、八分のところにあった、某信託銀行でアルバイトをした。
毎日権之助坂を上り下りして通う。株券の切り替え業務で、
けっこうバイト代が良かったが、さらに八時まで残業すると
食堂で夕食を摂るための食券が配布される。両親の反対を
押し切って大学入学をした私は、激しい金欠病を患っていたので、
この三週間、日曜日以外は八時まで働き続けた・・・。

当時の権之助坂は、オフィスのような建物が多く、
午後六時を過ぎると灯りが極端に少なくなる。夜の帰り道が
心細かったから、暗く感じた、ということもあったかもしれないが。

大学に入学した年は、すでに学園紛争の熱気が去っていて、
学内は退廃ムード。近くの私大では内ゲバが激しかった。
合コンに熱心な人、音楽やスポーツ系のサークル活動だけに
力を入れる人も多い傍ら、左翼思想の本を読んでいる人もいた。
あのころは、まさに「過渡期」だったのだ、と思う。

お兄さんが中核系の活動家だというKさんは、
その影響を受けていて、左翼書をいつも手にしていた。
そして私に、こんなことを教えてくれたのである。

「目黒の権之助坂の少し横に入ったところに、
左翼書の専門店があるの。ここに行くと、だいたい揃っている。
でもね、兄の話だと、そのお店は、裏の方でエロ本も扱っていて、
こっちの方がかなり充実しているらしいわよ。あなた、
いつも目黒を通ってくるんでしょ。知らない?」

私は当時、マルクスの資本論を研究する会なんかに
出てはいたけれど、のめり込むということでもなく。
彼女の言っている店がどこなのか、確かめようとは思わなかった。
そして、もしかするとからかわれているのかな、とも思った。
でも、そのことはずっと心の奥に残っていたのである。

昨年、いつも出席している横浜歌会で「都市を詠う」という
題詠が出されたとき、ふっとそのことを思い出して歌にしてみた。

  左翼書とエロ本のみ売る店ありき灯り乏しき権之助坂に
                         岡部史

出席者からはすぐに「権之助坂は、大きな通りで灯りは乏しくない」
と反論された。私のこの坂の昏い印象は先に述べたとおり。

最近、五反田に行く用事があり、ついでに目黒で降りて権之助坂を
歩いてみた。もうすっかり変わっていて、私がバイトした銀行の
建物も、もうどこだったかわからないほどだった。
でも、目をつむると、暗い表情をした本屋の店主が
小さな灯りを点して、『共産党宣言』や『ドイツイデオロギー』
等の本を並べている様子が目に浮かんできた。
その傍らに、エロ本はあったのか、どうか。
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マッド・マザー 生贄の少年 [映画]

WOWOWで放映されていたものを録画して観た。
分野はサスペンス、とある。映画の最初の三、四十分は
どちらかというとホームドラマ的。
両親を突然亡くして、祖父母の家に引き取られてきたマリアン。
身辺状況の変化に対応できず、祖父母には反抗的になっている。

近所を散策するうちに、難病で自宅療養しているらしい少年、
アンディを知る。二人は互いの寂しさを分け合うように
交友を深めようとするのだが、アンディの母親(医師である)が
かたくなにマリアンの接近を拒み、アンディを孤立させようとする。
仕事を止めて、アンディの闘病を支えている父親の方は、
アンディの孤独を理解し、マリアンとの交流に一定の理解を示す。
だが、強い母親に対抗できず。自分は外で不倫している。

アンディの母親の奇妙な頑なさ、そしてやがて見せる、狂気じみた
周囲への威圧的態度から、映画は少しずつサスペンスらしい
方向性を示していく。決定的な秘密は、アンディの家の半地下に
なっている部屋の中にあった・・・。

アメリカは家が大きいし、敷地も広いし、隣家との距離も
半端ではないところがあるし・・。
そうしたことが、犯罪の温床になっているような気がする。
この映画も、まったくの作り話ではないような気がするほどに。

最後は感動的に終わるのですが、そこに至るまでが実に恐ろしい
映画でした。ネタバレするので、展開については控えますが。

ところで、この邦題、ちょっと、ひどいんじゃないか。
原題は「The Harvest」で、こちらも意味がよくわからのだけれど。
と思っていたら、邦題が変更されたのだそうだ。
「ユージャル・ネイバー」だって。これも、なんだかなあ・・・。
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