So-net無料ブログ作成
検索選択
前の10件 | -

燐寸は要らない [生活]

短歌を始めたばかりの頃、近くの地域センターで
開催されている短歌の会に、参加させてもらっていた。
世話役をしていたTさんは私の母と同世代で、当時五十代半ば。
関東育ちの人らしく、シャキシャキとした物言いをする、
素敵な女性だった。彼女の名はTさん。
お宅が会場近くだったので、寄せてもらったこともある。
すっきりと整頓され、部屋の調度品などのセンスも良く、
見習わなくちゃ、と思わされたことだった。

歌会のときは、有志でお茶会に参加していたが、
その時に立ち寄った喫茶店の燐寸の箱がとてもステキで、
「一つ頂いていこう。Tさんも、どうぞ」
と、脇に用意されていた予備のなかから一つ取って、
Tさんの前に置くと、即座に言われた。
「燐寸は要らないの。うちにタバコ吸う人はいないし、
コンロなんかも、みんな電池式で着火できるのよ」

私の家も、当時燐寸が必要なのは、食卓で
料理するときに利用するガスコンロだけだった。
夫の友人に煙草を吸う人はいるから、燐寸自体は
あった方がいいが、なくてもいい、くらい。
ただ、きれいな箱の燐寸を手元に置くのも
すてきじゃないか、と思っただけなのである。

その時の一言は、三十四年を経てもまだ、
時々、思い出す。彼女の年齢に近づき、追い越して
しまい、さらに彼女の死を伝え聞いた今、とりわけ身に染みる。
生きていくうえで、必要なものはほんの少し。
よけいなものはどんどん省き、大切な、良いものだけを
ほんの少し、身近に置くべきなのよ。
と、今も彼女から諭されている気がしている。
nice!(0)  コメント(0) 

淵に立つ [映画]

「淵に立つ」もまた、最近、WOWOWで見た映画
家族映画は、つまらないと徹底してつまらないから、
とやや危ぶみながら見始めたのだけれど。最後まで、
緊張感の続く、怖い映画だった。これまで見た
家族をめぐる映画で、私は西川美和監督の「ゆれる」が
ベスト、と思っているが、この映画はそれに次ぐくらい
よくできている映画だったと思えた。

郊外で小さな工場を営む夫婦と、十歳の娘の家族。
夫婦はほとんど目も合わさないほど、互いの心が
離れてしまっているが、そこに夫の古い友人が
訪ねてきて、住み込みで働くようになる。

夫と友人の間には、だれにも言えない秘密があった。
妻は人当たりのいい夫の友人に好意を抱くようになり・・・。
友人を演じる浅野忠信がすごくいい。
上品な印象を保ちながら、くらい影を持つ謎の男を
好演している。ごくたまにふっと見せる冷酷な感じと、
静かな平和な一市民と言う感じを違和なく同居させていて。

この男が再びこの家族のもとを去っていく直前、
残酷で取り返しのつかない罪を犯していく。
夫婦はこのことによって、初めて絆を取り戻していく。いや、
「夫婦」という関係から、一つの「運命共同体」へと
変化せざるを得なくなった、と言う方が実情に合っている。

あらためて、家族という存在は怖いものだ、と思う。
その本質を、ある一面から抉り出した、という点では、
やはり秀逸な作品であると言っていいのではないか。
こんな映画を見ると、ますます若い人は結婚しなく
なるのではないか、などとよけいなことを考えてしまうが。

最後の一場面に、ほんの少し救われる。
娘は救えなかったのかもしれないのだが・・。
nice!(0)  コメント(0) 

ラーメンと煙草 [食文化]

私の住む町は、ラーメン店が多くて、
直ぐ近くの市道は、「ラーメン街道」などと呼ばれて、
テレビで報道されたこともあるくらいである。
十年ほど前に某チェーン店が進出してきて、
個人経営の店はばたばたと撤退していったが、
ずっと変わらずに頑張っている店もあり。
また、新たに開店する店もありで・・・。

駅を挟んで南北に1,5キロくらいの間に、
中華料理店も入れて、十軒余り、
「ラーメンの食べられる店」がある。
でも、この中で私が食べたことのある店は
チェーン展開している、二、三店のみ。

一度、個人経営のラーメン店にも行ってみたいと
思うのだけれど、未だに行けないでいる理由は、
カウンターだけの店が多く、客はほとんど男性。
どうしても一人では入りにくいのである。

それで、相棒を誘うことになるのだが、彼は
「ああいう店は、ほとんど、喫煙可、なんだ。
カウンターでたばこの煙浴びせられながら
ラーメンなんか食えるか!」

と、拒否されっぱなしなのである。
まあ、私もたばこの煙は大嫌いだから、
(歩きたばこの人が前を歩いていると追い越す。
ちなみに先日神戸に行ったとき、どこもかしこも
歩きたばこの人だらけ。観光に力入れるんなら、
何とかしてほしい!)
彼の言い分は、もっともだと思うけれど。

「開店と同時に、あまり人の来ないうちに
行って、食べたらすぐに帰ってこようよ」
と、誘うと即座に言われた。
「煙草を許可するようなラーメン店そのものが嫌だ」
nice!(0)  コメント(0) 

日本語が読めない!? [言葉]

一年半ほど滞在したアメリカから帰国し、
初めて日本の新聞を読んだ時、焦った。
「う、日本語が読めない!?」
ところどころで意味不明に陥り、何度も
前に戻って読み返す、ということになった。
滞米中、ほとんど日本語の文章を読んでいなかったので、
読解力が明らかに落ちていた。

言い訳に聞こえるかもしれないが、それは日本語自体が、
既知とみなされる情報に頼ったまま、部分、部分が省略されて
発せられる、かなりあいまいな言語であるからだ、
と気が付いたのである。

そんな日本語も、帰国数日でたちまち慣れたのだけれど、
今も時々、文章を読んでいて「あ、どういうこと?」と
疑問がわき、同時にあの帰国時の焦りを思い出してしまう。

今朝も、朝日新聞朝刊の25面、「美談演出『誉れの子』」と
いう見出しのついている記事を読んでいた時に、その時の
焦りがフラッシュバックする感覚を味わった。これは、
戦時中、戦死した父を持つ少年が、美談に仕立てられ、
報道された経緯を伝える記事なのだが、

例えば
  《おらあ、お父(と)をおぶって帰ってくる》・・・・写真には
   こんな言葉が添えられた。しかし、八巻さんに話した記憶はない。

私はまずここで躓いた。「八巻さんという名の相手に、こう告げた記憶が、
発語主体にはない」というようにまず読んでしまった。
はて、八巻さんって、誰のこと? と疑問がわき、記事の冒頭を
読み返すことになった。ここは「こう話した記憶は、八巻さん自身には
ない」とすべきところだったのだ。

さらにその少し後に出てくる

  「お国のために活躍し、誇りだった」という父を恨む気持ちも
   戦後になって芽生えた。

というところも、話の流れをきちんと掴んでいないと理解しづらい。
「」内の言葉を本人が今発しているように、耳で捉えてしまうと、
後の文章がちぐはぐに思えてしまうのである。
ここは、添削しようとしても、難しかった。本人がどう思ってきたか、
もう少し聞き取りしないと表現できない、微妙な感覚が
あるからである。「戦死してしまった父を恨む気持ちも、戦後に
ようやく芽生えるようになった」あたりが、穏当かもしれない。

新聞は多くの人が同時に目に通すメディアである。
読みやすくわかりやすい表現がもっと求められていい。


nice!(0)  コメント(0) 

恐怖映画ふたつ [映画]

夏休みのせいかも、WOWOWでもホラー映画
かなり多めに放映していて、立て続けに二本も見た。
一つは『The Visit』(邦題は「ビジット」A作とする)。もう一つは
『Don't Breathe』(同じく「ドント・ブリーズ」カタカナだと
いずれも、変な感じがするが・・・。こちらをB作とする)
A,B、二つの映画に共通点があって、面白く思った。

Aは二人の子供休暇を利用して田舎にある祖母の家に一週間の
予定で滞在する。わけあって、祖父母とは初対面だった。
楽しいはずの休暇が一変してしまうのは、この祖父母に
おおきな秘密があったからで・・・(これ以上はネタバレに
なってしまうので省略する)二人はその後、とんでもない
恐怖を味わうことになるのである。

B作の方は、窃盗を繰り返している若者三人が
盲目の元軍人の家に盗みに入る計画を立て、実行に移す。
ところが、その軍人にも恐ろしい秘密があって、三人は、
命にかかわるような恐怖を体験をしてしまうのである。

自ら訪れた家に、思いもかけない魔性の人間が住んでいて・・、
という展開がかなり似ている、と思われたのである。
主人公たちは、知恵を絞り体を張って、危機を突破しようとする。
そのプロセスがいかにうまくできているか、に
映画の魅力はかかっているように思う。

私は断然B作の方に軍配を上げたい。
Aは、途中からかなり展開が不鮮明になってしまう。
というのも、この映画自体が、子供たちが回し続けている
カメラによって撮影されたものである、と
最後まで徹底されているからである。試みは面白いが、
最後の十五分は、第三者の目、によって展開を見たかった。
nice!(0)  コメント(0) 

北海道ミニ(最終回) [旅]

観光バスの同行者のはぼ半数が、阿寒湖湖畔
ホテル宿泊するらしい。彼らのほとんどが中国の人。
いずれも阿寒湖周辺の高級ホテル。
北海道の観光はすでに、中国の人たちに大きく依存する
ものになっているのではないか、と言う気がしてくる。

ほとんどの日本人が予定時間にバスに戻ってきた。
この後、釧路空港あるいは釧路駅、
プリンスホテル、のいずれか希望するところで降車できる。
私たちは釧路空港を希望した。午後七時の飛行機で帰京するため。

バスはこの後、どこにも停車せずに、まっしぐらに南下する。
窓の外の景色を眺めて過ごす。このあたりは大きな酪農農家が
多く、道路に沿って「〇〇農場」と記した看板を立てている。
阿寒湖で二時間の休憩時間があるくらいなら、この中のひとつでも
見学したかったなあ、と思えてくる。アメリカのミネソタ州に
ホームスティしていた時、近くの巨大な農場を見せてもらったことを
思い出す。サイロや牛舎、二階建ての家くらいもある巨大な機械類・・・。

北海道の観光なんだから、北海道らしさを見るということで
そんな訪問先が付け加わってもいいのではないか。
今回は二つの定期観光バスに乗ってみたけれど、どちらも、
何処か物足りなさがあった。今回の釧路発の阿寒バスは雄大な
北海道の自然の一部に触れることができて、そこは満足して
いるのだけれど・・・。

自家用車やレンタカーで訪れる人が大半になっている今、
観光バスの充実は難しいのかなあ、と思う。でも、また
北海道を訪れるとき、私は観光バスを使おうと思う。
ぼんやりしながら景色を見る楽しみが、何より代えがたいから。
nice!(0)  コメント(0) 

北海道ミニ(その10) [旅]

観光バスは続いて、硫黄山、屈斜路湖、阿寒湖へと回る。
硫黄山は、山肌に露出している硫黄が実に美しい黄色で、
珍しい光景だろうと思う。硫黄の匂いは子供の頃祖母に
伴われて行った天童温泉の匂いでもあり、懐かしい。

屈斜路湖は何ということのない、湖だったけれど、
バスの窓からちらりと見えたペンケトーとパンケトー
という湖は、まさに太古の日の北海道の姿を想像させる
ものだった。許可がないと近づけないという。ヒグマも出没
するらしい。ただ双湖台という二つの湖を望める展望台が
近くにあるらしい。ここでも降りてみたかった・・・。

阿寒湖では昼食時間も含めて、二時間余りの滞在となった。
湖周辺は商店街が並んでいて、ありきたりな感じ。
昼食にワカサギのフライとヒメマスの天ぷらを食べる。
昼食後は阿寒湖エコミュージアムという博物館へ。
ここではマリモを見ることができるのだった。

小学校に入学したころ「りぼん」という雑誌に
「おはようコロタン」という漫画が連載されていたことを
思い出した。主人公はアイヌの少女「まりも」、
コロタンは彼女がかわいがっている子熊だった。

「りぼん」を続けて買うことが許されなかったので、
私はこの漫画がどう展開していったか知らないのだが、
たまたま応募した懸賞に当たって、私のもとに
「コロタンバッジ」が送られてきた。その時の喜びは格別で、
実は今も、そのバッジを大切にとってある。
nice!(0)  コメント(0) 

北海道ミニ(その9) [旅]

釧路でのただ一度だけの夕食は、ハズレ気味だったのだけれど、
プリンスホテルの朝食は豪華! 16階にある見晴し抜群の
レストランがまた、売り物だったのだけれど、まるでスリガラス?
と間違えそうなほど深い霧で、何も見えませんでしたが・・・。

北海道最終日のこの日、阿寒バスのピリカ号で、一日定期観光
参加する予定である。朝8時少し過ぎに、このホテルの前から
乗車できることになっていた。駅から回ってきたバスはすでに
二十人強が乗っていて、私たちと一緒に乗り込んだ人が十人強。
結局四十名近くの人が参加。その半数近くは中国の人。
他に韓国の人と西洋の人も。北海道は外国の人に人気らしい。

ガイドさんはまた親切な妙齢の女性で、ところどころ英語
混ぜてガイドしてくれていた。朝はかなり強めの雨だったが、
釧路市内を抜ける頃にはあがってきていた。空は曇っているが。

この観光バスは釧路湿原を横に見ながら、まずは摩周湖へ向かう。
湿原は大きなフキの葉に縁どられ、バス通りからはほとんど水が見えない。
ああ、降りて少しでも周囲を歩きたかったなあ。と思うけれど、そこが
観光バスの不便なところである。

摩周湖は霧の器のよう。まるで何も見えず、ガイドさんは
「見えないから摩周湖、ともいえるわけで、見えたら見えたで
落胆する人もいるんですよ」と(必死のフォロー?)。

驚いたのは同行の中国の人たちの食べっぷり。バスの中から
コンビニのお菓子などを食べまくっていたのに、摩周湖の
土産物店では牛乳やら焼きトウモロコシやらちくわ(?)
などを買い込んで、お互いに回しながら、のべつまくなし
食べていて・・・。なるほど、食の国の人たちじゃ・・・。
nice!(0)  コメント(0) 

北海道ミニ(その8) [旅]

啄木の歌碑巡りを兼ねて市内を巡った後、
ホテルに帰り、午後六時過ぎに再び釧路川近くへ出る。
川沿いに建つフィッシャーマンズワーフの二階には
食堂が並んでいて、そこで海の幸を食べるつもりだった。

金曜日の夜だったせいもあっただろう。お目当ての店、
そこではカニやウニなどの海鮮類が食べられる店だったのだが、
「すみません、今日はびっちりなんですよ」
と、言われる。席は空いていて、一瞬理解できなかったのだが、
「予約でいっぱい」ということらしかった。

仕方なくほかの店を探す。居酒屋風のところが多く、
午後六時台ではまだ開店準備中らしきところも。
致し方なく、まあ、どこでもいいや、となった。

ツボダイの焼き物、いくらなどのお刺身、トマトサラダなどを
注文する。意外に美味だったのがトマトで、しっとりと甘い。
ミニトマトもついていたが、こちらも滴るようにうまい。
肝心の海鮮類の方は、まあまあ、といったところ。

ホテルの一階にはコンビニが入っていて、北海道各地の
お土産類までそろっていた。なかなかの充実ぶりに
見ているだけで楽しいくらい。そこで私は、北海道限定の
ドリンク、ガラナをみつけた。最近、テレビで北海道出身の
タレントが、「かなり独特な味」と言っているのを聞いて
一度試してみたいと思っていたのだった。

その感想は、というと・・・。アメリカで飲んだことのある、
ルートビアに近いかなあ。ふ~ん、あまり美味ではない。
もっと強烈な異味がするのかな、と思っていたので、
ちょっと拍子抜け。でも、日本は各地にまだまだ知らない
食べ物や飲み物があるもんである・・・。

nice!(0)  コメント(0) 

北海道ミニ(その7) [旅]

帯広を発って一時間半余り。釧路に着く。
午後一時すぎなのに、街は霧の中に溶け込んでいるかのよう。
予約していたのは、釧路プリンスホテルで、駅から十分ほどある。
歩いているうちに道を一本間違えていたことに気づく。
でも、北海道の街はだいたい歩きやすいし、間違いも修正しやすい。
道路はまっすぐで、街路ごとに番号が振ってあるんだから。

ホテルのある街区の角で、啄木の歌碑をみつけた。

  陶陶沙ながくも声をふるはせてうたふがごとき旅なりしかな

だった。記憶していない歌で、ちょっと戸惑う。
ホテルに落ち着いてから、駅の観光案内に置いてあった釧路案内の
パンフを見てみると、市内には啄木の歌碑が27もあるとのこと。
啄木はこの町に二か月半しか滞在しなかったのに、大量に歌を
作っていたのだった。ふ~ん、何しに来てたんだろ?
でも、釧路の街を歩く楽しみも倍加するというもの。

少し休んだ後、啄木の歌碑が集中的にあるという、釧路川の対岸へ
出かけてみることにする。途中にフィッシャーマンズという市場が
あるので、そこにも立ち寄ることにする。歩いているうちに、
霧がますます深くなり、空中から霧が染み出すような、
雨に変わってきた。気温は二十度くらいで、少し肌寒い。

幣舞橋という凝った名前の橋をわたる。橋には四季の像が
建てられていて、いずれも女性の全身像。作者は佐藤忠良(夏)、
船越保武(春)、など。いずれも素敵だが、霧が濃くて、近くまで
行かないとよく見えない。川面もほとんど見えず、川べりの舟が
霧に浮かぶように現れてくるところが幻想的。

啄木の歌碑も意外と見つけにくい。
ようやく五か所探し当てたところで、ホテルに戻ることにした。

 さいはての駅に降り立ち雪あかりさびしき町にあゆみ入りにき 啄木
nice!(0)  コメント(0) 
前の10件 | -