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堺物語(おまけ) [旅]

メーリングの歌会組織であるテルミニの
二年に一度のオフ会が済むと、毎回手作りの
パンフレットを出すことになっている。
短歌作品を五首と数百字程度のエッセイを
各自提出し、それらに写真を加えたもの。

帰宅早々、締め切りは二週間後、という指示が
MLに流れた。あまり時間はない。一昨年の自分の
作品を読み返してみたが、あまり納得できない
作品だった。それで鍛錬所で見た、刃物づくりの
過程について五首にまとめようと、図書館から
刃物に関する本を借りてきて読んだりしていた。

結局二十首あまり作って、その中から五首選んで
何とか締め切りに間に合わせることができた。
100パーセント納得の、自信作とはいかなかったが、
とりあえず、できるところで手ごたえのある作品にはなった。
と少し安堵する。

ところで、その間に、横浜での歌会があったり、書きかけていた
スイーツに関する原稿に手を入れたり・・・。

少し時間ができたので、また好きな小説でも読もう、
と思って図書館に行って驚いた! 借りようとして、
自分のカードを貸出機にかざしたら、
「返却期日の過ぎた図書があります」という警告が
出ちゃったのである。刃物の本を返すの忘れてました!

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堺物語(最終回) [旅]

歌会が終わるとすぐ、タクシーに分乗して
ホテルに戻り、荷物を引き取って駅へ。
雨は依然として激しい。台風は今、関西を通り抜けて
いるところらしい。新幹線が止まっている、
という情報はなく、とりあえず新大阪へ。

ところが、なんと南海電鉄が止まっていた!
人身事故があったそうだ。堺駅で四十分くらい
電車に乗ったまま、足止めを食らうことに。
でも、そこでも歌の話をしてしまう。
詠草を取り出して、確認している人もいたりして。
ほんと、ビョーキだよね(私もそのひとり)。

新幹線は時間通り発車した。もう、西の空は
明るくなっていて、途中、京都を過ぎる頃には、
大きな虹が出ていて、すばらしく美しい。

富士吉田あたりで、降雨が激しいとの
アナウンスがあり、名古屋を過ぎるあたりから
ノロノロ運転に変わり。家に着いたのは予定より
一時間以上遅かったのだけれど。

みんな無事に帰宅できたみたいだ。家に着いた人から、
メールに帰着の報告が入ってくる。
再来年、またオフ会で再会できることを楽しみに。
雨の堺をそれこそ、心に沁みとおるまで堪能した
二日間だった。みんなに感謝したい(この項、終ります)。

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堺物語(その9) [旅]

鍛錬所を後にし、近くの阪堺電鉄の駅へ。
昼食の予約をしてあるカフェへ移動するため。
昼食を摂りながら、歌会をする予定である。
雨脚はさらに強まっているが、風がないのが有難い。

カフェに落ち着いて、改めて詠草を読む。
担当のTさんが産業館の開館前の時間を使って、
コピーしてくれたおかげで、ざっとは読んでいたが。
一晩のうちに、雨の中を歩き回った半日の間の
経験を二首にまとめた人もいて、感動する。

私は昨夜遅く、一首だけ何とか詠み、それに
以前に作った歌を一首加えて、お茶を濁したのに。
吟行のときは、いつもどきどきする。時間の
プレッシャーに弱くて、だけれど、どこかで、
このプレッシャーがあるから何とかできるんだ、
という、開き直る気持ちがあって。人生いつも、
はらはらしながら、このプレッシャーを糧に
なんとか切り抜けてきたような気がする・・・。

外の雨音を効果音のように聞きながら、歌会は
粛々と進んだ。同じものを見ていたはずなのに、
こういう歌はできなかったなあ、と感動する作品も
ある一方で、ちょっと未消化かなあ、と言う作品もあり。
吟行会の歌会はいつも、素晴らしく楽しい。
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堺物語(その8) [旅]

正式には「堺市立町屋歴史館 山口家住宅」という
この建物、入るといきなり広い土間、そして松一本を
そのまま用いた太い梁が出迎えてくれる。
南北にやや細長い家屋は、土間に添って玄関の間、
南の間、中の間、北の間、と続きさらに奥座敷、西座敷、
次の間、茶室、北土蔵、西土蔵、など、広い広い・・・。
山口家はもと、庄屋だったらしいが、堺の黄金時代を
想像させる豊かさだった。

その後、鍛治屋敷街にある鍛錬所に向かう。
今回お世話くださったYさんの知人の方が営んでいて、
鍛錬の工程を見せて下さる、ということで
堺のオフ会で、一番たのしみにしていた企画だった。
山口家や産業会館は誰でも行けるけれど、鍛錬所の
工程を観ることはなかなかできることではないので。

鉄と鋼を合わせて、和包丁に仕立て上げる工程である。
鍛錬はテレビなどで見たことはあるものの、目前で
実際に見ると、素晴らしく迫力があった。とにかく
九百度近い熱で、鉄を打つのだから、暑いし、
火花は散るし、あたりには鉄粉が舞う。
その生々しさの中から、赤く焼けた鉄が
刃物のかたちを成していく様は、圧巻だった。

その後、法隆寺の相輪に架かっている「魔除け」の
制作を頼まれた話をうかがう。大きな鉄の鎌なのだが、
これは避雷針として使われてきたものらしい。何年かおきに
作り直され、堺の鍛錬所の間での当番制になっている。
次にこの鍛錬所が担当するのは、二百数十年後になるのだとか。
堺の町は、数百年単位の中で呼吸しているなあ、
としみじみ実感させられる一事だった。
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堺物語(その7) [旅]

軒先を借りてはいたが、雨の中三十分近く、
「堺伝統産業館」の開館を待っていた私たち、
十人。プラス二、三人。産業館の人たちは
開館時間五分前に開けてくれたのだった。

この産業館の二階の、刃物の展示は特に
素晴らしかった!日本にこんなに多種類の
刃物があるなんて、知らなかった。もちろん、
刃物というものが、切る対象によって形や
切れ味が異なる、と言うことは知っていたものの、
特に東西によって、形が異なるとは驚きだった。

鰻を裂く包丁が関西と関東で異なるのは有名だが、
柳刃が関東では主に「蛸引」になるなんて!
最初は、タコを斬る包丁か、と思ってしまったけど。

他にも餅切り用、ソバ包丁、鮪専用、フグ包丁、
さらには薬草用、布切り用・・・と種類が多いのだった。

この日、堺の刃物文化を継承している鍛冶屋敷街に
向かい、鍛錬の現場を見学させてもらうことになっていた。
その前に、堺の旧家・山口家の見学が入っている。
さほど離れてはいないが、タクシーを呼んでもらう。
雨はいよいよ、激しくなっていたので。
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堺物語(その6) [旅]

翌朝、六時半ころに起きてみると空は重たく
曇っているものの、雨は降っていない。
朝食後、詠草を作り、詠草係のTさんの部屋に行くと
ドアの前に封筒が貼ってあった。詠草入れのポスト!
素敵なアイディアでした。ちなみに私が一番最初の
投函者みたいでした。

窓から見えていた境港を散歩する。沖合に台風が近づいて
いるらしいが、風はさほど強くない。港とはいえ、
ここは旧港で、湾のように取り囲まれ、現在の港は、
もっと沖に近い方にあるとのこと。堺の町を見渡す、
龍女神の像がすらりと立っているのを見ながら一巡りする。

部屋に帰ると、同室のYさんから、雨の降らないうちに
観光をすませて、歌会は午後からにしようか、と
予定の変更を相談された。すぐに賛成して、皆に伝える。

荷物をホテルに預け、街に繰り出したのは九時過ぎ。
まさにその時に、雨が降り出してきたのだから不運である。
大通りに出て、待ちかねていた路面電車・阪堺電鉄に乗る。
伝統産業館に向かったのだが、なんとここは十時の開店という。
軒先のテーブルで、雨宿りを兼ねて待たせてもらう。
その間、Tさんは少し離れたコンビニまで、詠草のコピーを
しに出掛けて下さった。ずぶ濡れにさせちゃって申し訳ない。
「こんなオフ会、ものすごく印象に残っちゃって、
一番忘れられない会になること間違いないね」と言い合った。

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堺物語(その5) [旅]

今年の塔短歌会賞受賞作と次席作品は
対照的な作風、とは感じていたが、テルミニの仲間と、
堺のホテルで二時間近くかけて論議してみると、
その特徴がよりきわやかに見えてきて、有意義だった。
特に面白かったのは、最後に披露された作者ふたりの
「創作秘話」。いや、秘話と言うほどの秘密性を帯びた
ものではないが、どう素材を選び、組み立てていったか
という話は興味深いものがありました。
私は、こういう話はとても好きで、正直言うと、
もっと聞いていたかったし、質問したいこともあったんだが。

午後七時となり、Yさんが予約していてくれたホテル一階の
和食レストランへ。その夕食が素晴らしかったこと!
私は初めて口にするものも多く、驚きっぱなし。

たとえば「鱧のすき鍋」一人前ずつ、小さなコンロに
小鍋が据えられ、そこに敷いてあるのは紙!
紙の中に、鱧とお出し、松茸、泉州玉葱が入っている。
これをとき卵につけて食べるのだった!う~ん、美味!

他にも明石鯛のおつくり、鯛のちり蒸し、蓮根饅頭、
さえずり(鯨の肉らしい)、クルマエビの素焼き
など次々に堺の名物料理らしきものが登場する。
デザートの芥子餅はしっかり頂いたものの、
穴子の握りずしは、おなかに余裕がなくてパス。
残念だった。


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堺物語(その4) [旅]

今回の旅では、大阪在住のYさんがものすごく
企画力を発揮してくださった。宿や夕食、二回の昼食の
予約、見所を探しておいてくれて、予定も立ててくれて
下さっていて、本当に感謝している。

お天気だけが非情だった。台風の雨は容赦なく降り、
私たちは、利晶の杜で呼んでもらった三台のタクシーに
分乗して、仁徳天皇陵に向かうことに。
分乗ということは不安定なもので、雨のなか、三台まとめてはこない。
また大きな仁徳陵で各タクシーの停車位置が異なっていたこともあり、
時間はどんどん失われてしまう。

仁徳陵は篠つく雨に煙っていて、入り口のところでちらっと
見るだけ、その大きさ、形を想像するだけになってしまった。
晴れていたら、近くの市役所の展望台から一望する
こともできたのだったが。
だが、歌詠みの凄さはここで発揮されたように思う。
私たちは翌朝八時までにこの堺での旅を歌を詠み、
歌会担当のTさんに詠草を渡すことになっていたのだが。
三人もの人がこの雨中の仁徳陵を歌にしていたのだ!
雨が酷いので、早々に御陵前を去ることになったにかかわらず。

ホテルに戻ると、雨に濡れた体を拭く時間も早々に、
次の予定が待っていた。仲間の中に今年度の「塔短歌会賞」
の受賞者と次席の人がいたので、彼らの応募作品を
批評し合う会である。オフ会はこんな風に、分刻みで
盛り沢山。消化しきれないうちに次へ、次へと進む。


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堺物語(その3) [旅]

駅前にあるホテルから徒歩十分ほどのところにある、
SAKAINOMAカフェで、やや遅い昼食を摂ることに。
ここは堺の古い町屋を改造したカフェで、宿泊も
できるのだとか。古い障子やふすまがそのまま生かされ、
なんとも風情のある和室に腰かける。十人入ると、
やや狭い感じだが、みんなとの距離が近くなる。

堺の地の野菜をたっぷり使った定食を頂いた後、
「利晶の杜」に向かって、雨の中を歩く。
途中に晶子の生家跡の碑がある。現在は広い道路に
なってしまっているところらしく、歩道に細長い
碑と、晶子のかの有名な歌「…潮の遠鳴り数えては・・」
の歌碑が建っているだけ。ちょっと味気ないけれど、
これもみんな角度を変えたり、傘を傾けたりしながら、
必死で写真に摂る。

「利晶の杜」は、建物がとても豪華。晶子の遺品も
沢山展示されていて、晶子ファンには必見の場所だ。
パリに行ってしまった鉄幹を訪ねるために、
シベリア鉄道で旅したことは有名だけれど、
晶子と鉄幹のパスポートも展示されていた。
A5くらいの大きさの、賞状のような立派な一枚で、
きれいに保存されているさまに、見入ってしまった。

ここはとても楽しい場所で、もっと居たかったのだけれど、
次の予定、「仁徳天皇陵」へ向かう時間が近づいていた。
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堺物語(その2) [旅]

台風22号が四国沖に近づくなか、堺へ向かう。
多摩にある家から、名古屋までは曇り空だったが
岐阜羽島を通過する頃から、はっきりと雨が見え始めた。
それでも、先週末の予定だったら、と思うと少し
ぞっとする。一週間前の台風21号は堺市近辺をまともに
襲い、大和川が氾濫するほどの被害があったのだから。

新大阪から地下鉄でなんばへ。南海線には初めて乗る。
なんば駅で仲間のTさんらと落ち合い、堺駅へ。
堺駅の改札では待ち合わせの仲間達に混じって、
見知らぬ年配の女性が談笑している・・・。
「あれ、もしかして『塔』の誰かとここで会ったのかな?」
だが、その女性は全くの行きずりの人で、待っていた私たちの
仲間に混じって、時間を過ごしてくれていたらしい。
「あんたら、この人たち、ここで一時間も待ってるんよ!」
とかなんとか、非難めいた言葉を投げかけられてしまった!
(ああ、大阪のおばちゃん! と思ってしまった。
私たちは、待ち合わせの時間通りに着いているのですが。)

ホテルに荷物を置き、早速堺の町へ繰り出すものの、
雨脚は強くなる。けれど、仲間たちはなんのその。
駅前の与謝野晶子の像を、丹念にカメラに収めたりしている。
ああ、歌の仲間っていいなあ、とちょっと、うるうる・・。



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