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昆虫図鑑 [読書]

栗木京子歌集『南の窓から』を読んでいたら
「心が沈みがちな日は、昆虫図鑑をひらく」と
いう詞書のついた一首があった。

  粉状のアブラムシ喰ふ粒ほどのテントウムシをり緑の世界
                       栗木京子

ちょっと気持ち悪い場面なのだが、結句でうまく逃がしてある。
さすがだなあ、と思いつつ、そういえば私、昆虫図鑑を手元に
持っていないことに気が付いた。数年前、父母の家の書棚整理を
手伝っていた時に、小学生の頃に使っていた昆虫図鑑が出てきたので、
持ち帰ってみてみると、なんとかなりの昆虫がすでに絶滅している
あるいは環境が変わって、周囲で見られなくなっている、ということを
知り、愕然としたのだった。その代わり、異なる種類の昆虫も
見られるようになっているらしいのだが。

新しい図鑑を買おうと思いながら、延び延びになっていた。
植物図鑑は何種類も持っているのに、昆虫だけ全く
手元になかったのは、相棒の昆虫嫌いも理由の一つだった。
図鑑は結構値が張るものが多いので、いつも相棒の職場と
契約のある書店に注文してもらっていた(一割引になる)。
でも相棒は昆虫図鑑だけは、無視してくれてたみたいだ。

さっそく、購入のために調べてみることにする。
図鑑に私が求めるのは、種類の豊富さ、写真の鮮明さ、
さらに過不足ない説明が付されていること。

そこで選んだのが『日本の昆虫図鑑1400』(文一総合出版刊)。
二巻に分かれていたので、とりあえず第一巻のチョウ・バッタ・
セミ編を購入する。評判通り、写真はとても綺麗。
種類も豊富で、ところどころに、楽しい解説もついている。
もう少し大判でもよかったかな、とおもうが(文庫版である)。
持ち運ぶには便利である。

開いてみると、やはり、昆虫はかなり不気味である。
でも、なんともユニーク子供が夢中になるのもわかる。
生きている小さな怪獣、という趣があるからだ。

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短歌にふるルビ [短歌]

先日、大学の同窓生だけで行っている歌会に参加してきた。
出席者は毎回十数名で、昭和十年代生まれから二十年代の人が
中心だから、かなり老齢化は進んでいますね(笑)。

年配の同窓生は、アララギで学んだという人が多い。
「塔」も一応、アララギ系から生まれた結社だが、
もう自由にやらせてもらって、その恩恵をたっぷり
受けてきたなあ、身に染みて思う。
今回はルビを多用したからか、特にその思いが強かった。

出詠した二首のなかに
咲(ひら)く、水照(みで)り、足裏(あうら)、と、
三つもルビを入れたため、ほとんど集中的に批判されて
しまった。無理な読みである、というわけである。

「水照(みで)り」は、七月の横浜歌会でも別の作品に
この言葉を入れていて、その場でも疑問を呈される方が
いたが、批判する、という感じではなかった。
これを含めて、三つとも、確かに辞書にはない読みである。
ちなみに、『辞書にはない「あて字」の辞典』(講談社刊)
にも、これらは掲載されていない。私は誰かの歌集で目に
した記憶があり、それで使っているのだが・・・。

ルビは意外に譲れないところがあるのだ。
大きいのは歌の調べという点で、さらに視覚的な効果として。
それはたぶん、多くの歌人が感じ、かなり無理とは知りつつ、
ルビを実践しているのではないかと、想像する。
例えば、小島ゆかりさんの『ごく自然なる愛』を例にしてみる。

他(ひと)、塵埃(ダスト)、招(よ)ぶ、鬱悒(いぶせ)き、
晶(すず)しく、目前(まさか)など、辞書にはない読みの
ルビが頻出する。そして、私はこの音と字面の両方で、
作品を鑑賞している、重層的に歌を楽しんでいる、という
感じがする。当たり前の読みだけでは断然つまらない。

ルビ、いいではないか。少しくらい無理があったって・・・。
と思う。短歌にだけ許される特権として。
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「塔九月号」・続 [短歌]

「塔九月号」を読んでいて、冒頭近くにある
永田和宏氏の作品に、目が留まった。小題が「向田邦子」。
そしてその第一首が

 ライオンをわが見しことはあらざれど軒すれすれに嵐電は行く 

となっているのである。ああ、そうだ、あのことだ、と
たちまち思い出したのだ。向田のエッセイで、「新宿のライオン」
(『眠る盃』所収)。こちらは実は先行して発表された
「中野のライオン」の続編のようなエッセイで、私は「中野・・」
の方は読んでいないのだが、その一部が紹介されている。

  二十年ほど前の夏の夕方、中央線の窓から不思議なものを見た。
  『私が見たのは、一頭のライオンであった。
  お粗末な木造アパートのこれも大きく開け放した窓の手すりの
  ところに、一人の男が座っている・・・。三十歳くらいの
  痩せた貧相な男で、・・その隣にライオンがいる。・・
  かなり大きな雄ライオンで、男とならんで外を見ていた。』

という内容のエッセイを雑誌に発表したところ、自分がその飼い主だ、
という男性が現れた、という、いわば後日談が「新宿のライオン」
の内容なのだが・・。
ライオンは鬣付きの雄ではなく雌だったことなど、
多少の思い違いはあったにせよ、
電車の窓から見た、幻想のような一コマが、事実だったのである。

私はこのエッセイを読んでから(中央線はめったに使わないので、
私の場合は東急田園都市線小田急線なのだが)つい
どこかのアパートの窓から、貧相な男と、
立派な鬣付きのライオンが並んで
電車の通過を見ていないだろうか、と探してしまう。

永田さんも同じことしていたんだなあ、と思う。
嵐電の沿線の、きわめて庶民的な街並みが、そんな思いを
倍加させるのではないか、とも思うのである。
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ありの実と梨の実 [食文化]

「趣味いろいろ」のところで書いたが、
学生時代からの友人で、新潟在住のSが上京する、
という連絡をしてきた。
先に刊行した『郷土菓子のうた』を寄贈してあったので、
「何か新潟のお菓子、お土産にするけど、何がいい?」
と尋ねてくれた。咄嗟に「越の雪」と、叫びそうになったが、
あれは長岡のお菓子。Sが住んでいるのは新潟市内である。
入手に苦労させてはいけないと思い、
「じゃあ、ありの実」と答えた。「ありの実」は、
梨の実から作られる、ゼリー状のお菓子である。

私の父が新潟の出身で、帰省すると時々買ってくれた。
その度に、「梨の実から作られるんだけれど、
ナシの実では不吉だから、ありの実、っていうんだよ」
と、話してくれた。ああ、また同じこと言ってる、
と思いながらも、このお菓子を食べるのが楽しみだった。

待ち合わせ場所にしていた喫茶店は、
ホテルの中の、とても高級な店だけれど、駅から近いし、
わかりやすい。そういうところを指定してくるところも、
なんとなくSらしい。こういう友達に学生時代に
知り合えたことは、まさにお宝である。

席に着くとさっそく「はい、ありの実」と、
私が頼んでおいたお菓子の箱入りを渡してくれた。
可笑しかったのは、さらに手もとに小袋入りの
単品の「ありの実」を持っていて、
「この白い粉、寒梅粉らしいんだけれど、
ものすごくたくさんかけてあって、食べにくいの。
むせてしまう人もいるらしいから、気を付けて」
と、袋を振って、粉を見せながら、注意してくれる!
なんだか、じ~んとしてしまった。

さらに、彼女は私に、もう一つの羊羹型の箱を差し出し、
「Hは、ありの実を作っている老舗で古くから
知られているけれど、実はこちらの方が、ずっと美味しいの。
今回、ひさしぶりに「ありの実」を食べてみて、こんなものか、
って、ちょっとがっかりしたのよ。こっちと、食べ比べてみて」
と差し出すではないか。

そちらの箱にはずばり「梨の実」とあった。
筒状に固めた、梨のゼリー羊羹、といったお菓子。
Sの言う通り「梨の実」は、しっかりと梨の味がして、
「ありの実」よりもはるかに美味であった。
「名物に旨いものなし」という言葉がちらっと
頭をよぎった。

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塔九月号 [短歌]

一昨日、私の所属している短歌会の「塔」の会誌の
九月号が届いた。いつもより二、三日早い。それだけで
気持ちに余裕ができて、嬉しくなる。私は以前にも
書いたように、会誌の「一首評」欄の執筆者依頼の
担当をしていて、会誌が届くとすぐに八名を選出し、
依頼の葉書を出さなくてはいけないからである。

とにかくその仕事を即やって、それから
おもむろに誌面に目を通す。文章から先に読むことが
多い。ああ、東海歌会で歌合せやったんだなあ、とか。
今月の「私の道草」を執筆されているのは吉岡みれいさんと
鵜原咲子さん。塔のひとはみんな、文章がうまい。

さて、今月の自分の短歌だが、詠草を作成したのが
六月で、『雨のことば辞典』から触発されて作った歌を
何首か入れている。

  往来の絶えし国道 くろぐろと徒党を組んで大車軸過ぐ
                       岡部史

この歌の「大車軸」も『雨のことば辞典』に載っていた。
新潟県の南蒲原地方の方言で、「大雨」のことをいうらしい。
なんともいい得て妙、という感じがして使ってみたのだが。
わかりにくいと思い、詠草の方には、歌の最後に(大雨)
と注意書きを入れたのだが、削られている。
注意書き、詞書の類は例月作品には入れられない、という
ことだったように思う。ちょっと残念だが、これは経費の
ことや平等性などの問題もあり、致し方ない。

  筆文字に友風子雨と描きながら大空わたる一団があり
                    岡部史
友風子雨は、「ゆうふうしう」とルビを入れてもらっている。
字面から想像できるように、これは雲のこと。きれいな言葉
だな、と気に入って使ってみた。ちょっと気取った歌になったが。

月評欄では、担当の岡村圭子さんが拙歌

  木の下に星のかたちに見開きてこの世を覗く著莪 義母の花
                      岡部史
を取り上げて下さった。「この花にまつわる義母のどんな
エピソードがあるのか」と。
母は俳句をやっていて、時々投稿している俳誌を見せてくれた。
その中にこんな句があった。

  足もとに星降りてくる著莪の花   ひさ子

私は短歌を始めたばかりの頃で、著莪の花を知らなかった。
でもいい句だな、と心に残っていた。その何か月か後、一緒に
小田原城に行ったとき、近くに咲いている花群を指さして、
「ほら、あれが著莪の花よ」と教えてくれた。
母が逝って、七年半になる。
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鱈・うだつ・かっこう [言葉]

末広恭雄『魚の博物事典』をぱらぱらと読んでいたら、
「鱈」の項で目が点になった。鱈は雑食性の大食いで、
胃の中を調べると、時に百種類もの魚介類がみつかることも
あるのだという。そのことからたくさん食べることを
「鱈腹食う」というのだとか。ええ、そうだったのか。

「たら」という言葉は、「たっぷり」とか「(満ち)足りる」
とかいう言葉を想像させるし、また「たらたら」、つまり
途切れることなく、という意味のオノマトペにも通じるような
語感があって、そのあたりから来ているように想像していた。
語源を知らないままに使っている言葉って結構ある。

たとえば、「うだつが上がらない」という言い回し。
「うだつが上がる」とはほとんど言わないが、その
うだつが、建築にまつわる言葉と知ったのは、十年くらい前、
ベトナムの日本人街について書かれた本を読んだときだった、
と記憶する。うだつは、屋根の上に、さらに一段高く上げた
小屋根、のようなものらしい。ベトナムの日本人街には、
日本では見られなくなっているこのうだつをつけた
家が残っているのだとか。富裕層しかつけられなかったので、
「うだつが上がらない」という慣用句が生まれたらしい。

また、十数年も前になるけれど、相棒が
「閑古鳥が鳴く、っていうけれど、どう発音する?
閑古、鳥が鳴く、じゃないの。暇で静かで、鳥の鳴き声
まで、聴こえてくる、っていう意味じゃない?」
と尋ねてきた。ああ、どうなんだろう。よく使うけれど、
意味を突き詰めて考えたことなかったなあ、と
改めて辞書を引いてみた。閑古鳥はかっこうどりが
訛って生まれた言葉らしい。
実態を離れ、言葉は言葉としての命を得て、生き延びていく、
そんな気がする。

  見たこともないこと口に子を叱るたとえばイタチごっこするイタチ
                   関野裕之『柘榴を食らえ』
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オーブリ女史とか [生活]

ちょっと前の話になるのだが、「塔 2012年12月号」の、
「八角堂便り」に吉川宏志さんが「禁男館オーブリ女史」と
題する文章を寄せている。吉川さんは大学の卒業論文に
齋藤茂吉の歌集『寒雲』を取り上げているが、その中の一首

  女身より光放つとおもはしむこの看相(かんそう)を女に聴かむ
                 八日禁男館オーブリ女史

という作品に登場するオーブリ女史が何者なのかわからず、
資料をみつけることができなかったという。昭和十二年の
「一月雑歌」に収められている歌である。
最近になって思い付き、インターネットで調べたところ、
その疑問はたちまち解ける。当時公開されたフランス映画
『禁男の家』を詠んでいるらしいと。そこからの歌の読み解きは
吉川さんらしい英知が光り、素晴らしい。

そんなネットの恩恵を、私も受けていたことを思い出した。
私は2004年に『古きよきアメリカンスイーツ』という本を
出版している。そのなかでマフィンも扱った。小学校六年の
ときに、ラジオの「基礎英語」で耳にした歌、
 Oh、Do you know the Muffin man、

という歌詞で始まる童謡っぽい歌なのだが、その歌の
最後の一節がどうしても思い出せないのである。当時は
英語を全く知らなかったので、耳で「ドゥーリレーン」など、
ほんの少しおぼろに覚えているだけ。
それで、本の中では歌の冒頭だけを書いた。マフィンに
ついて書くのであって、歌はほんのマクラだったから、特に
問題はなかったのだが・・・。

ふっと気が付いて、ネットで調べてみたのは2008年ころの
ことである。するとたちまちに検索でき、歌詞の全文が
読めたときは、本当に感動した。
 最後の一節は
 Who lives on Drury Lane

で、ロンドンのコヴェントガーデン東にある実際の
通り名だった。マフィン売りはこの辺に住んでいたらしい。
地図を出して調べてみて、当時の様子をより身近に描き出す
ことができた。

吉川さんは先ほどの文章の中で
「私が学生だった二十五年前と比べて、世の中がじつに便利に
なったことに改めて驚嘆した」
と書かれているが、私も全くそういう思いだった。

子供の頃、あるいは学生の頃に疑問に感じ、
わからないままに過ごしていたことはたくさんあった、
という覚えがある。そのうちの一部でも、これから思い出す
かもしれない。その時はまた、ネットで調べてみよう。
そう思うと、かなりワクワクする。
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趣味・いろいろ [生活]

ものを集めるのが趣味、という人は、多い。
人形、骨董、陶器、希少本、コイン・・・。
等はすぐ浮かぶ。子供の頃は、近所の友達が
ガムの包み紙を集めていて、よく見せてくれた。

でも、大学時代からの友人Nの夫であるK氏の
趣味には、ちょっと驚かされた。
結婚すると間もなく、彼女が彼を紹介してくれ、
その趣味の一端を見せられた時は驚いた。
K氏は、葉書に押印される消印を集めていたのである。

それも、各地で個々に押される、いわゆる風景印ではない。
郵便局名と日付、時間だけが記載されている、いわゆる
和文印で、それも郵便局で手押ししてくれるものだけ。
見せてもらっても、正直、何も面白くない。

機械印は、対象外なのだそうだ。現在、日本で営業中の
郵便局は二万数千局・・。
全郵便局の和文印完全収集をめざしているのだとか・・・。

なんだか、あきれた。
何が楽しくてこんなことに凝っているのか、と。
端から見ると、集めるためだけの収集としか見えない。
でも私の友人のNは、本当にいいやつで、
旦那の趣味を献身的に補助している。
我が家に来た時には、「近くに郵便局、いくつある?」
と聞いてきて、私に車を運転させて、四か所ほどの
郵便局巡りをさせてくれたほどである。

先日、Nと共通の友人であるSが新潟から上京してきたので、
三人でお茶する機会があった。Sは、Nの夫、K氏を知らない。
NがK氏の趣味を説明し始めると、やはりあきれた表情で
聞いていた。そして、肩をすくめて、私の方を見る。

そのとき、私たち二人の間でその後、どういう言葉が
交されるか、察知したらしいNが、突然早口で言った。
「でもね、すごく地理に詳しいの。全国の郵便局を
いつもいつも、チェックしているから、ニュースで
〇〇町、なんか聞いた途端、ああ、それは北海道の
どこどこにある、とか、かなり正確に当てるんだよ」

「そうだよね、どんな趣味にも何らかの
おまけがあるもんだよね、おまけというか、功徳というか・・」
と私も慌ててフォローに走る。そして、その後の会話は
かなり穏やかに進行したのだった・・・。
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鉛筆の歌 [短歌]

私の初めての歌集『コットンドリーム』には、
栞をつけることにし、河野裕子さんに原稿を
お願いした。もう三十年近く前のことで、
ワープロがまだ普及していなかった時代だが、
送られてきた原稿が鉛筆書きだったことに
驚いた記憶がある。原稿用紙のマス目一杯に、
河野さんの伸びやかな文字が躍っていた。

河野さんはもちろん、万年筆や毛筆なども
使われていたと思うが、(歌集『歩く』には、
見事な毛筆のサインが入っている)、
鉛筆の似合う方だったな、と、思い出す。
鉛筆を詠って優れた歌をたくさん残されてもいる。

 たくさんの鉛筆の霊にかこまれて深みどりや臙脂の鉛筆削る
 どこへでもあなたは行つてしまふ夜鉛筆の尖で輪ゴムを回す
                    河野裕子『家』

いつも身近に鉛筆を置き、作歌されていたようである。
鉛筆は次々に短くなって捨てられて、だから
とりわけ強く、「鉛筆の霊」を感じていたのかもしれない。
他人の握る鉛筆にも、鋭い視線を送っている。

  エンピツで何か書きゐる男なり帝国日本に傍線を引き
  一語一語英語に移し変へられて屈伸やはらかき鉛筆の文字
                  河野裕子『日付のある歌』

二首目は、河野さんの作品を英語に訳されていた、アメリア・
ホールデンさんを目前にされて詠まれた歌。鉛筆で書かれて
いたのは、英語だろうか。「屈伸やはらかき」とはなかなか出て
来ない言葉。でも、手文字の雰囲気がよく伝わってくる。

鉛筆を常用している、ということは消しゴムもまた、よく
使っていた、ということになり、河野さんには消しゴムの歌も
多々ある。特に中期以降の歌集に多いように思われる。
それだけ、歌に逡巡するところが多くなっていたのかな、
と想像するのだけれど。
ワープロで歌を詠む人も増えている今、
鉛筆と消しゴムは、人を懐古的にする。

  こんなにも小さくなりしか消しゴムのねんごろな丸さころがしてみる
                     河野裕子『歳月』

  書くことは消すことなれば体力のありさうな大き消しゴム選ぶ
                    河野裕子『体力』
  消しゴムを横へ横へと使ひつつ手首やはらかに思案してをり
                    河野裕子『歩く』
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固有名詞・続 [言葉]

先回の「固有名詞」をアップした直後に、
自分の犯していた大きなミスを思い出した!
十数年前になるが、これもまた、「塔」大会でのこと。
当時は、出版された会員の第一歌集について、
討論する企画も、大会のプログラムに織り込まれていた。

その年の大会では会員が二人一組になり、
三冊の第一歌集を対話形式で批評するという形式で、
二組に分かれて六冊の歌集を取り上げた。
評者として私も選ばれ、Gさんと組んで行うことになった。

Gさんとはファックスで連絡を取り合い、
レジメは私が作って、会場に持ち込むということに決めていた。
最終稿はGさんにファックスで送り、了承をもらっている。
さらに大会会場で、少し時間を取り、最終的な詰めも行った。

そうして、臨んだにも関わらず・・・、ああ、何てこと!
私は評者の欄の、Gさんの名前を誤記していたのである!

Gさんは「塔」に長く所属されている男性で、十歳くらい年上。
「塔」誌上でよく名前を拝見していたのだけれど、
私の相棒の古くからの友人に、Gさんと同姓の男性がいて、
下の名前はGさんと同じ二文字の漢字。読みは違うが、
やや雰囲気が似た名前である。それで、相棒の友人の
名前の方の字を使ってしまったのだった。

それ以上にショックだったのは、私が会場にレジメを配布し、
真っ先に永田和宏さんが「あ、間違っているぞ!」
と叫ばれるまで、Gさんに指摘されなかったことである。

私は震え上がった。Gさんは見た目、穏やかな紳士だが、
内心は激怒しておられ、私に公衆の面前で恥を
かくように、との罰を与えられたのだ・・・、と思った。

壇上に上がり、私はこれから話すべきことがすべて
頭からぶっ飛んでしまいそうな衝撃に耐えながら、
Gさんに向かって、一言言ってしまった。
「すみません、お名前を間違えてしまって。でも、
どうして事前に指摘してくださらなかったのですか」
すると、Gさんは
「いや、こちらの名前もまた、いいなあ、と思って」

ああ、彼の方が(もちろんだが)、何枚も上手だったのだ!
私は彼のこの一言で立ち直り、なんとかその後の
討論を乗り切ることができたのだった。

私は帰宅してからお詫びの手紙を書いたのだけれど。
Gさんからは、かえってご丁寧は「お礼状」を頂いてしまった。

でも、このミスは、その後も精神的に尾を引き・・・。
相棒の友人の方のGさんからの年賀状を目にしてさえ、
ゆううつになるような状態がしばらく続いてしまった・・・。
恐るべし、固有名詞。


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